つくしの日記

ささやかな日常を綴った日記です

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2000年

12月31日
20世紀最後の日になった。明ければ21世紀。
私にとって素晴らしい1年だった。
出会えてよかったと思える人も増えた。
側にいる人たちの素晴らしさを再発見できた年でもあった。

約束のホームページは作ったのに、サーバへの送信がうまくいかない。
どうしょうか?windowsはまだ使えないしなあ。
う〜ん、課題を残した20世紀ということか。
送信できた!やった!とりあえず、約束は果たしたぞ。
フーッ、やれやれ、これで年が越せそうだ。
先生、ありがとうございました。
12月24日
クリスマスイブ。忘れられない出来事があった。
人の喜びはしばしば誰かの悲しみの上に成り立つことがある。大切な人の喜びのために
自分の悲しみに耐えるというのは、胸の中が氷でいっぱいになることだということを
知った日。
自分の悲しみで胃が痛み、頭痛がして薬の効かない状態である。
自分の喜びも、誰かの胸を氷でいっぱいにしているのだろうか。いい経験をしているの
だから、もっと優しくなれるかもしれない。強くなれるかもしれない。でもそれよりも
やはりこの悲しみがないほうがいい。
12月12日
所員にどうしても一度、宮が瀬のクリスマスツリーを見せたいと思っていたのが実現し
た。今年もきれいで見応えがあるイルミネーションであった。みんな喜んでいた。
車椅子でも自由に動けるような作りになっているのが嬉しかった。もっとゆっくり見て
もらいたかったが、帰宅の時間も気になって「見たね、見たね」という感じで帰ってき
てしまった。明るいうちから出かけて、点灯するのを見れば一番いいのかもしれない。
12月5日
忙しいさなか、休暇を1日とってレポート作成を……と予定をしていたのに、ロンの
逃走で3時間も費消し、疲れてうたた寝を2時間。何も出来ずじまいの1日であったが
大きな収穫が一つ。警察や、保健所に連絡したり、道行く人に協力してもらったり、
主人が早退してきたり……したが、結局のところ逃走した場所に戻って逆に私を捜して
いたロン。呼んだら体中を喜びに替えて走ってきた。かわいい、ホントにかわいい。
ああ、この子はれっきとした我が家の一員だと言う確認が出来た。
幸いにも、通行人に危害を加えたり、大きさに驚いて怪我をしたりした人もなくほっと
した。何よりであった。
12月2日
Windows2000のサーバが家に来た。インターネットが良く分からない私には、「何者?」
と言う感じであるが、いつかきっと覚えていくんだと覚悟を新たにした。
母からもらった大切なお金をサーバ代にあてて、親切な人に構築していただいた。こんな
訳の分からない私を相手に、サーバを立ち上げて下さった先生に感謝。
11月19日
中央大学のOBによる男声合唱団「白門グリークラブ」の創立40周年のコーラスを
聴きにティアラこうとうへ。音楽はほとんど「雑音」に近い私なのに、涙が自然に
流れてきて心のひび割れが癒されていくみたいであった。ジャズの楽しさも今日初め
て知った。
先日、NHKでショパンをピアノで弾く全盲の青年梯(かけはし)君をみた。「雨だれ」
だったと思うが、素晴らしい演奏であった。「ああ、いい音だ」と思っていたら、涙が
勝手に溢れてきていた。
心がひからびているからなのか、音楽の感性が少しよくなったのか疑問。
11月5日
11月3日〜4日、長野の野沢温泉で同級会。14名中、久しぶりに会う人が3人。
元気で一生懸命生きていて本当に嬉しい。誇らしく思う。Tさんにはすっかりお世話
になってしまった。M君にも。
7月に一人で死んでいき、お骨の引き取り手のない同級生のために、寺でお経を上げ
てもらった。生きている者の気休めではあるが、安らかにと祈った。
精神を病んでしまった彼はどんな思いで生きてきたのだろうか。
母の元気な姿と、新潟の田舎の変わらない姿は、なんと私を勇気づけてくれることか。
美しい秋の景色であった。
10月15日
一歩外に出ると大好きな金木犀の香りに包まれる。
ススキ、萩、りんどう、コスモス、水引……紅葉の便りも届いて、秋である。
大分の友人から、大きな大きな梨が届けられた。
みずみずしくて、まこと美味。感謝。

 「父は成人して医者となり、30人ばかりの看護婦を使う身となった。その父の言。
 『人にはそれぞれ能力というものがあって、百の能力を持つ人間なら簡単に80の
ことはやれる。しかしな、わしは50の力しかないものが一心にやってくれる60の方が
尊いと思う。結果だけを見れば60より80の方が上のようだが、一心に努力してくれる
ことが、患者さんのためにはうんと役に立つのだよ』
        読売新聞 10月15日 25面 よむサラダ 大林 宣彦(映画監督)

このことばを今、重く受け止めている。
所員に対する私の目、自分に対する自分の目、人のやさしい気持ちに敏感になって
いるかと問うてみる。

故相田みつを氏の著作の中に「育てたように子は育つ」という題の本を見つけた。
思うように子は育たないと言う「言い訳」の言葉に隠れて生きてきた私には、怖くて
手に取ることが出来なかった。今日初めて友人から教えてもらって知った書家である。
いつか、たくさんある相田氏の本をじっくり読んでみよう。銀座にある、画廊にも
行って見よう。今日はその気にならなかったけれど。
10月8日
三宅島の雄山噴火に伴い、全島民避難から一ヶ月。有毒ガスが噴出していて、
島はまだ危険な状態である。日本列島が揺れている。
中荻野運動公園にコスモスを見に行ってきた。いつ見ても愛らしい花だ。
少し肌寒い風によく似合う。
学校区町内会対抗の運動会であった。ダントツで優勝したらしいが、その中には
いくつものドラマがあって、勝ち取った優勝であったらしい。嬉しそうに主人が
報告してくれた。
なぜか、妙に人恋しくて、好きな人と会っていたい日であった。
10月6日
初めての赤い羽根共同募金を駅頭でした。募金は苦手で滅多にした試しがなく
今回も駅頭に立つのには抵抗があった。しかし仕事である。所員と一緒に道行く人
に協力のお願いをした。立場が変わって、お願いする側に立ってみたら協力して
いただけることが有り難く、素直にお礼を言っている自分がいた。
ああ、経験することで学ぶことがまだまだあるんだと実感した日であった。
好きな人たちと仕事をしていて、その人たちと「本音で話す」という難しいことを
さらりとやってのける環境にいる私。こんな贅沢の極みを味わっちゃって
いいんだろうか。神からの大きなプレゼントだから、大切にしていこう。
島根県西部で震度6の大地震。
10月5日
初めて独学して書いたレポートが添削して帰ってきた。合格したことが
素直に嬉しい。独学とはいえ、職場の上司がちゃんと見て指導してくださった。
感謝である。これで試験にパスをしていれば4単位獲得である。
試験はやるだけはやったという思いがあるが、採点されてこなければやはり
分からない。とにかく次々にレポート提出と試験をクリアしなければ卒業は
おぼつかない。

上司と一緒にいるだけで大学の講義よりも貴重な事をたくさん教われるという、
いい環境にいる私であるが、その上司は、さらに惜しげもなくもっと高度な
講義を真剣にしてくださる。私たちに全てを理解できるか疑問は残るものの、
極めてわかりやすく今、様々な話を聞くことに夢中である。

その上、贅沢なことに私には講義をしてくださるもうひと方がいらっしゃる。
やはりわかりやすく、大学の講義よりも高度なものを伝授していただいている。
哲学、政治学、法学、経済学、社会学、文学、心理学、体育理論、宗教学、
もちろん福祉学ありである。お二人とも無償で、無知な私に真剣に向き合って
教えてくださる。これを幸せと言わずに何というのだろう。改めて、卒業が
お二人への月謝であり恩返しであると強く心に刻んだ。
9月29日
10時半前、60歳になる男性所員が、駅前のスーパーへお使いに行ったきり
12時半になっても戻らず、探してみても埒があかずとうとう警察に電話をした。
夕方4時半過ぎに警官に伴われて帰所したときどんなにホッとしたことか。
道を間違えて(今までそんなことは一度もなかった)どんどん歩き、疲れて休ん
でいるときに親切なご婦人が何かと訊ねてくれて、110番してくれたとのことであった。
警察に連絡しておいてよかった。
それにしても「何色の服で何色のズボンでしたか?髪は散髪したばかりですか?」
と聞かれても、記憶が曖昧な自分に愕然とした日でもあった。彼にとっては
合計6時間の歩行、健脚を実証した日ではあった。
9月15日
20世紀最後のスポーツの祭典、シドニーオリンピックの開会式をテレビで見た。
199の国と1地域(東ティモールの5人の選手が個人で参加)の参加。
女性選手の初参加から100年目の大会であり、選手宣誓に初めて
「決してドーピングすることなく」という一文が入れられた、記念すべき大会でもある。
韓国と北朝鮮の選手が、互いにつないだ手を高くあげて行進していた。旗は白地に
青の朝鮮半島を染め抜いたものを、南北の男女の選手二人で持っていた。
会場の観客は総立ちで拍手をしているのを見た。スポーツは素晴らしい!
8月13日
一週間の京都の本学へのスクーリングも無事にすみ、学友の多さに驚き、彼らの
活力から多くの勇気と元気をもらった。先輩にもいろんなことを教えてもらえた。
京都を見て回る時間的な余裕が無く残念であったが、それでも京都らしさに
触れることは出来た。野々宮神社あたりの竹林の間の小道を歩いていたときには、
人力車に乗った人たちが優雅に通ったりしていた。桂川にかかる渡月橋を眺めながら
歩いていた時、驟雨にみまわれちょっと京都っぽくて素敵であった。
雨上がりの清涼寺はしっとりとしていて、あこがれの嵯峨野を堪能できた。
千本通りのえんま堂と千本釈迦堂に六道まいりに行くチャンスにも恵まれた。
千本釈迦堂ではろうそく(と言いたいが、今では火災を懸念して電球)
の四角い提灯が参道の両側にほのかにともり、何ともいえない懐古調の雰囲気が漂い、
なにやら知らず敬虔な気分になった。
来年のスクーリングではライトアップされた金閣寺や壬生寺なども是非見学したい。
6月25日
総選挙投票日。20世紀最後の選挙になろう。
法学のテキストを読んでから、政治にも関心がでてきた。
憲法が読んでおもしろいものだったとは、大発見!
もちろん、テキストの著者がわかりやすく書いてくれたということ
ではあるが。
憲法を変えて、自衛権を拡大主張したり、平和維持活動(PKO)、平和維持軍(PKF)
に名を借りて戦争加担をする国にだけはしたくない。
戦争の加害者であり、世界でただ一つの被爆国であることを決して忘れまい。
人類の後輩たちのために平和な歴史を残したいと切望する。
22日・23日と作業所の研修旅行であった。
所員たちは楽しんでくれてよかった。職員のみなさん、お疲れさま。
富士サファリーパークは久しぶりで、寅のきれいな顔が一番印象に残っている。
雨で流れたサクランボ狩り。ザンネン……!
6月11日
仏教大学の通信制学生になって1ヶ月。まだテキストを読んでいる
状況で、リポートのメモ書きさえも出来ていない。
火事場のなんとかといった騒ぎにだけはしたくないと思っていた
のだが……、そうならないためにはとにかく読書!
参考資料書の多さに辟易しながら、初心貫徹を目指そう!!
5月6日
9連休も明日で終わる。
思った通り、のんびり、ゆっくりした日は1日たりともなく、
なんだかんだと時間がない状態であった。
3日に17歳の少年によるバスジャック事件。
切りつけられて亡くなった人ひとり。
4月には高校3年生が、「殺人をしてみたかったから」と
主婦を殺害。
中学生が、5000万円を同じ中学生に恐喝される事件があったり。
病んでいる国、日本。このままでよいはずがない。
4月30日
魂を磨き抜こうとする叫びが聞こえました。
知識、教養、知恵などを自らの血肉とし、もって公正な
判断力を培い、目的達成への強い意志が、私の胸に突き
刺さったままです。
全てを捨て去り、命だけを携えてのゼロからの出発を
成功させたことにより、一層、宇宙・地球・世界的な
立場に立っての思考を深めていることを感じます。
というメッセージを送らずにはいられなくなるような
人と出会った幸せをかみしめている。
有珠山噴火から一月、まだ噴煙を上げていて
避難所生活の人は多数である。
昨日、大学合格の通知が届いた。
4月1日
今年も城山の片栗を見に行ってきた。
見事に咲いていて、本当に一番の見頃。
8弁の片栗を一輪見つけて、受付に報告。
なんか嬉しい。ヤッターという気分であるが、
それが?といわれれば返す言葉がない。
3月30日
予知された北海道有珠山の噴火。
地元の人たちの不安やいかに。
3月19日
本当に晴れやかな気分である。
プロムナードのこぶしが咲き始めた。
公園のヒカン桜も濃いピンクに咲いている。
春が来ている。ああ春が来ている。
3月5日
町田でクラス会。
こっちが元気がないので、あのパワーにはついていけず、
疲れた。でもみんな頑張っていてくれて嬉しい。
11月3日に上山田温泉で一泊のクラス会と決まった。
2月26日
昨日、25日には独楽寿司の旅行会で真鶴半島と熱海梅園に
行って来た。
真鶴の海は、きらきらと陽に輝く波頭が美しく、
しばらく見とれていた。
暖かな1日でツアーの中の一人旅を満喫した。
今日はひとひらごとに違った色をしている河津桜を見に行った。
満開の花は美しく、あでやかであった。
小さなからだのめじろがたくさん、花の蜜を吸いながら
飛び交っていて愛らしかった。
帰りには伊豆高原あたりで温泉に入ってきた。
河津まで、車の運転は疲れた。
2月20日
生きていてよかった、
生まれてきてよかったと思える自分がいる。
ありがたくて何者かに向かって感謝したくなる。
大胆且つ積極的、好奇心旺盛な私がいる。
先生がインターネットとFMラジオをつないで、お誕生パーティの音楽会を
やってくださった。初めてのことで新鮮な驚きと感動でじーんとした。
ありがとうございました。
2月9日
職場全員で一つになって仕事をしていこうとしている。
大学も心を合わせて、入学、卒業、社会福祉士
と夢実現に向かっている。
どんな将来があるのだろう。今は何もわからないけれど
きっとやっておいてよかったと思える日が来るに違いない。
今はまだ、福祉って何?の段階の私だけれど。
1月18日
伊豆の戸田温泉に高足ガニを食べに行って来た。
みそはなく、足だけを食べるということであった。
カニよりも足長エビや魚の刺身がおいしくて、
残さず食べたら、一挙に3キロ体重が増えた。ギョッ!
Macintoshと格闘していたら朝となり、
 一睡もせずにバスの乗客に。
凪いだ青い海の先に、富士山が白く美しい姿を見せていた。
温泉に浸かっていたら不思議、内なるところから
柔らかな気分がしみでてきて、心の堅い部分を溶かしたみたい。
障害者地域作業所に勤めだして、ちょうど一年になる。
良い出会いの連続だった。
1月17日
阪神・淡路大震災が起きた年から、5年。
私はグータラで、教訓にもせず学習もできていない。
地域や、国や世界で起きていることに無関心だった。
身近な人の痛みしか理解できなかった。
いいえ、その人たちの痛みさえ本当はわかっていなかった
のではないか。 
自分のことだけで汲々としていた。
自身の痛みや、喜びだけを追求して生きてきたんだろうか。
愚かな私。ほんとうに愚か。
悲しい。
今、生きる気力が減退しているけど、このままじゃいられない。
悲しんでるだけで終わりにするほど、
愚かではいられない。
2000年1月1日
明けましておめでとう。新しい年、2000年。
確実に歴史として1999年は残り、私達は成長したり、
老化したりするんだね、生きている限り。
地球はいつもと変わらずに一回転するだけなのに、
行動したり、傷ついたり、癒されたり……して眠って
起きれば昨日とは別人の私がいる。……わけじゃないんだよね。
たいして変わらない自分がいるのに、ふと気が付けば肉体的に
変化している。
精神的にもっと成長する私でありたいな、肉体と同じように。
ちゃんと目標意識を持って、考えたり、行動したりする癖を付ければ
いいのかもしれないね。


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