つくしの日記

ささやかな日常を綴った日記です

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2003年

2003年12月31日(水)
今年も終わり。
卒業に向けて全てのエネルギーを注いだ感じがする。
家族の仕事が変わり、家族が増え、経済的に大変な部分を
苦もなくよく越えてきた。

身もだえするほどつらかったイラク戦争。
12月イラクへ派兵、平和憲法を持つ日本がこんなことになるなんて……。
どこかで操られている気がしてならない。
恐ろしいことである。

来年は何とか平和でありますように!
2003年12月24日(水)
学友から、過去4年間の試験問題の傾向が送られてきた。
すごいことをする!
それを惜しげもなく私にも送ってきてくれる。
ありがとうございます。
わたしはまだ、彼の10分の1ほどしか勉強してないことを知る。
昨日は昨日とて、年賀状350枚に絵の具で色づけなどして
何時間も過ごした……。

勉強すると学友と約束したのに、こののりの悪さは何だろう。
最近、自分の中に焦りが出てきた。

一ヶ月以上入院しているメンバーのお見舞いに。
長いこと入院していたので、リハビリをしているようである。
ゆっくりと休んで回復し、職場復帰して欲しいものだ。
本人はもう病院生活は退屈してきているようなので、
いい兆候といえる。
2003年12月21日(日)
勉強するぞ!と意気込みはよかったが、頭痛と睡魔にやられた。
でも、こんな自分に負けるものか!
最後は私が勝つ!

ふとしたことでたまらなくSを愛おしく思う。
愛おしい家族が増えることにしみじみ幸せを感じる。
ありがたいことである。

昨日の土曜日は社会福祉士学習会パート3。
勉強をせずに様々な話をした。みんないろんなことを感じたり考えながら
学び生活しているわけで、話すことで新しい発見もあったりする。
帰宅し、頭痛のためごろごろしていた。

「北の国から」の五郎さんの遺書がいい。
私はまだ、伝えるべきこと、残すべきことの全てを愛する人たちに伝えたり、
残したりしていない気がする。急がねばなるまい。
2003年12月14日(日)
国家試験の模試。結構わかりやすい問題だと思ったのに、
自分で採点したら150点満点の82点。合格ラインが97点くらいだと言うから
ほど遠い。自分の理解できない部分は、あたりはずれなく全滅。
試験まで後1ヶ月ほどである。
学友のYさんと一緒に食事をしながら話したが、彼女も一生懸命勉強しているようだ。
ウダウダ言わずにとにかく勉強しなくては……。

友人たちから、長芋やこんにゃくなどが届けられた。
みんなが好きなものなのでありがたい。
感謝しながらおいしくいただこう♪♪
2003年12月11日(木)
外出先で倒れられ、3日後の今日、Sの叔母がなくなった。
急なことでご家族はどんなにかお力落としのことだろう。
こうして身近に突然の不幸を知ると、他人事ではない不安を感じる
年齢になった。

抜いたばかりの大きな「おふくろ」という大根をいただいたので、
甘酢漬けにしたものが食べ頃なのでご近所に配った。
黒酢で漬けたので、いつもとは違っておいしさがいまいちである。
「おいしくないけど我慢して食べてください。」と言いながら物を
あげるのは失礼だし寂しい。
泣くほどまずくはないというところで許してもらおう。
2003年12月7日(日)
月日の経つのが速すぎる。
勉強が進まないため、ようやく焦りが出てきた。
焦っているとはいえ、きょうはSと主人の3人で厚木の七沢温泉に行って来た。
久しぶりであり、ゆっくりしたかったが次の予定のために1時間で上がってきた。

午前中に、親しい友人から電話があり入院していた経緯を聞いた。
元気になって気持ちも強く持てるようになってもらいたいと心から願う。
夕方、ヘルニアで入院した友人の見舞いに行った。
いつ仕事に復帰できるかわからない不安を抱えて……、とにかく
安静にしているしかないという対処法が何ともじれったい。
2003年11月29日(土)
職場の仲間が今年いっぱいで退職の予定である。
フットワークのいい、仕事熱心な人だけに残念である。
もっとも、職員はみんなそうであるが。
また、なんとか残った者でやりくりするしかない。

またぞろ、板の間で勉強するつもりで眠って朝を迎える日が
続いている。結局勉強しないまま日が過ぎていく。
学友3人で学習会をしたら、私だけが異常に勉強していないことが
発覚して、「勉強しなさい」と叱られてしまった。

「布団で寝ないくらいなら、勉強しなさい。」
「問題はさっさと1分以内で解くこと」
等々……、はい、ごもっともでございます。
どうして勉強にエンジンがかからないのか……、困った。

息子のパートナーSは、本当に料理が上手である。
手際がいい上に、アレンジもうまい。なんといっても
味がいい。
といっても、それを私が太る原因には決してしません!
2003年11月19日(水)
ホームページが更新できないことで、何もする気になれずウダウダと
日を過ごしていたが、今日どうしたことか接続できた。
やったーああああああっ!!!!
神様に感謝!
ん?本当は誰に感謝なんだろう?
とにかく、ありがとうございました!
さあ、落ち着いて勉強しよう。
2003年11月14日(土)
13日の夜にディスプレイが故障して画面が立ち上がらない。
macintoshは生きているようであったが、あまりに古く接続機器が手に入らないのでは
ないかという不安と、速いマシンが欲しいという誘惑に駆られて中古のe-macを入手。
速い、速い!
仕事場のパソコンに詳しい仲間に助けを借りて、起動することができたが、
ホームページのFTPソフトが使えない!
2003年11月9日(日)
社会福祉士会の模擬テスト。
朝5時半過ぎに家を出て清瀬市へ。
どんなに悪い成績でもいいと考えて臨んだが、正解率4割!
あ〜あ……。
自分の馬鹿さ加減にあきれ果て、社会福祉士なんて
どだい無理なんじゃないかと考えてしまった。
常識問題がわからないという結果ではないかと思える。
私には倫理観がないのだろうか?

全く分からない問題だと思っていたが、家で読んだら意味が理解できたり
するものもあったりして、問題を上の空で読んでいる節もある。
しかし、それも実力のうちだから無知には変わりない。
覚えることが多すぎて、本試験に間に合うのだろうか……。
とにかく、やるしかない!
2003年11月8日(土)
明日模擬テストだというのに、家の内外を掃除したりロンの身体を洗ったりと
勝手に忙しく過ごした。
お隣さんからいただいたキャベツの苗を、ロンがちょっと目を離したすきに
1本丸ごと平らげてしまった。
主人曰く、「自分たちが食べるかロンが食べるかの違いだけだよ」。
2003年11月6日(木)
親しい友人の具合が悪いという。
胃がきゅーっと痛む。
2003年10月28日(火)
26日の日曜日、夜からおなかが痛み吐き気も……。
午前2時から3時にかけて、苦しむ私を見て主人はいつでも病院に
いけるようにスタンバイしていてくれたが、どうにかいかずに済んだ。

27日、普通通り出勤。夕方、又胃が痛み出した。
眠っている間もずーっと胃が気になっているといった状態。
今朝、痛みでお腹を抱えてしまうほど。
仕方なしに病院へ。1時間半も待たされている間に、なんとなく
楽になって、診察する頃は時々痛む程度になってホッとする。
微熱が出て、痛みのためか血圧上昇。

胃カメラは断って薬だけをもらってきた。
もう、無理は禁物だとつくづく思う。
家族と生活していることのありがたさも痛感。
義父や一人暮らしの友人が病気をしたときの心細さに思いを馳せた日。

京都の学友から、丹波の黒豆(紫頭巾)の枝豆をいただいた。
可愛がって育てたものであろうことがわかる美味しい枝豆であった。
大好きな柿(大枝柿)もいただいた。この京都の柿は初めてで、
きょうは体調が悪く食べられないが、早く食べたい。
そのためにも、体調を整えなければ……。
秋はこれだから……、というかこの食への執着では体重を減らすことは
胃痛に苦しむ今も難しいと感じる。
「ゲニアサマシキハワタシノショクヨク」
2003年10月25日(土)
今月は貰い物が多い月である。
田舎のクラスメートから、きれいで美味しい笹寿司をたくさん!。
そばや、「しょうゆのみ」まで入れてあった。なつかし〜い♪
秋田の友人からは美味しい新米。
学友からは珍しい茗荷のみそ漬け。
義父からは大好物の、富山の鱒寿司と茨城の干し芋。
職場の人からは北海道のジャガイモ、贅沢にもメークインと男爵の両方。
それと大きなかぼちゃ。美味しそうである。
お隣さんからキャベツの苗を2株。大切に育てたいものだ。
親戚から上州名物多助俵最中。
近所の方から、今朝、大好きなほととぎすの切り花をいただいた。

物を頂くとか、いただかないとかではなく、こうしてお付き合いが
あるということがありがたい。
感謝して生きていけることが安らぎそのものである。
2003年10月24日(金)
健康診断。
看護師さんが音叉を机にぶつけた後、耳元に近づけ「聞こえますか?」
聞こえない。同じ動作の後「キーンと高い音がするでしょ、聞こえますか?」
やっぱり聞こえない。
別の看護師さんが、「これは手でたたくといいのよ」
「聞こえますか」「はい、聞こえます」「大丈夫ね」
これなら、話しているだけでこの検査は済むのではないのか。

視力は、「はい、これはひらがなです。読めますか?」
「し……かな」「似てるけどちょっと違うね」
「く……です」「はい、そうですね」
えーっ、こんなんでいいの?
全てにおいてめちゃめちゃアバウトな健康診断であった。
2003年10月19日(日)
昨日、東京ウィメンズプラザへでかけ、疲れ果ててしまった。
ワナワナするほど疲れ、豚カツを食べたら少し元気になった。
ただ、おなかが空いていただけだったのだろうか?
自分の卑しさが情けない。

よく寝たらずいぶん元気になった気がしたが、とにかく整体に行って
肩のこりをほぐしてもらうことにした。
初めてなのでどんな感じなのか興味津々。

どうと言うことはなく、とにかく身体全体を揉んでもらったという感じ
であったが、やはり相当凝っていたようである。
揉んでもらう私にも「凝っているんだな」ということがわかった。

揉んでもらった後は、気力が少し快復したようであったが
とにかく休むことに専念した。
身体の凝りは1時間位の時間で、そう簡単に1回ではとれないようである。
もう少し自分の身体を大事にした方がいいかも知れない。
2003年10月17日(金)
職場で千葉県白浜に研修旅行。
16日、17日と秋晴れの爽やかな天候に恵まれた。
マザー牧場は35年ぶりくらいである。当時の面影もない感じで整備されており、
家族連れで行くにはいいところである。
ソフトクリームはおいしかった!

サルビアが斜面一面に植えられて、あでやかな「赤」の世界を演出していた。
道路を境にコスモスが真っ盛り。思わず携帯で写真をとった。
いいな、コスモス。やっぱり好きな花である。

バスの中で上を向き口を開けて寝込んでしまい、さんざんなことを言われていたらしい。
知らぬが仏。私は熟睡して気分が良かった。
事故もなく無事に帰宅できたことが一番ホッとしたことである。
2003年10月12日(日)
国試の初めての模擬試験を町田で受けた。
そのための学習が進まず、その前に疲れ果ててしまった。
花粉症と同じ症状はまだ続き、体力、気力ともに消失している。

美容院に行って西田さんからカットしてもらってご機嫌である。
やはり、全く違う。
髪をカットするだけなのに、どうしてこれほど違うのだろう。
そのセンスの良さ、技術の高さ、仕事への意気込み……。
どんな職種にも通じることである。
2003年10月5日(日)
昨日は県央障作連の自主製品即売展示会が大和駅前で行われた。
気持ちよく晴れて日差しの強い日であった。
野外での催し会場には音楽があると人寄せできると思った。
人が集まらないことには、自主製品の販売にはならない。
しかし、自主製品て高いなと感じたのは私だけだろうか。
お涙ちょうだいではなく、正規の値段で勝負できる製品と、
価格付けをきちんと行うべき時ではないだろうか。

毎日、金木犀のいい香りと爽やかな気候で気持ちがいい。
日差しは暑くても風が心地よく、本当に過ごしやすい季節だ。

自分のためにセーター2枚とベスト1枚を買った。
茶系統のものに目がいく。

学校区の地域運動会。
顔出しをせずにいたが、今年も優勝ということで
反省会では盛り上がっているようだ。

お隣さんと話したところ、やはりぶたくさかなにかで秋の花粉症
ではないかということになった。
クシャミと鼻水と体のだるさと眠気……、二人とも同じ症状である。
2003年10月2日(木)
月曜日からまた体調を崩し、クシャミが止まらない上に
鼻水が……、秋の花粉症状といったところであったが、
火曜日あたりから喉が赤く腫れてきて風邪の症状に。
昨日はまた半日で早退して、ずっと休んでいた。
今日はだいぶ元気になり職場に出かけた。

ずっと待っていた卒論の草稿が返されてきた。
やったー!!!!! ヤッター!!!!!
1回の草稿で清書許可がおりた。
鳥肌が立ってしまったほど嬉しかった。
卒論を見て下さった上司に感謝!!!
ありがとうございます。

一緒に抱き合って喜んでくれた職場のEさん、ありがとう!
必死で本を読み、考え、様々な会合に積極的に出席して
情報収集出来たのが、とても役に立った。
またそうしたチャンスを与えて下さった職場の皆さんに感謝!
ありがとうございます。
もちろん、これからもうひとガンバリして清書をしなければならないが、
清書のOKが出たことで卒業が確定し、国試の勉強に集中できる。

思いがけない喜びで、風邪の症状が薄らいだのは不思議。
2003年9月28日(日)
金曜日に学友が泊まりに来て、大学主催の社会福祉士国家試験の
学習会に土・日の2日間横浜の日石ホールへ出かけた。
朝9時前から夕方7時前までみっちりのスケージュール。
どの講師もポイントを突いた講義で非常に助かった。

睡眠不足であるのにも関わらず、眠気が押さえられてしまうほどの
緊張感で講義を聴くことができた。
有意義な講義をありがとうございました。講師陣に感謝。

2日間とも講義を終えた後学友とお酒を飲み、楽しい夜を過ごして
疲れをとり英気を養った。
しかし、さすがに疲れた。
2003年9月25日(木)
職場の仲間の送別会。身体に気を付けて別の職場でも頑張って下さい。
パフェを食べたら、体の中まで甘くなってしまった感じ。
20日から、秋らしさを通り越して寒くさえ感じる陽気のせいか、
はたまた加齢によるものか、身体が疲れてふらつき頭痛がする。
考えることが出来ず、文字も読めず……。
職場の仲間は呆けているのはいつものことだというけれど、やっぱりいつもよりは
ボーッとしていて自分ながら情けない状態の日々である。
月曜日は早退させてもらうというていたらく。

学友から貴重な資料を沢山送っていただいた。ありがとうございます。
何のお返しも出来ず心苦しい。
みんな頑張っているのに、なかなか国家試験の勉強が手に着かずにいる。
かといってあまり焦る思いもなく、そんな自分に対して不信感が募る。
お願いだから、勉強に没頭してよ、私。

友人から「ナイアガラ」というぶどうを沢山いただいた。
なんともいえない馥郁と香るぶどうで食欲が一層そそられる。
味は酸味はほとんどなく、ほの甘い中にえぐみの強さがアクセントとなり、
そのおいしさについつい粒を摘んで食べること3房。
えぐみのために口の回りをヒリヒリさせながら、それでもやめられない。
ご馳走様でした。ありがとう。

20世紀梨も友人から送っていただいた。ありがとう。
これもまた瑞々しくて甘くておいしい。
梨は家族全員が大好物なので、沢山いただいたのにたちまちの内になくなる。

秋は楽しみな季節だ。
大好きな柿ももう手頃な値段で出回っているが、まだ食べてはいない。
アケビは家族の中では私だけの好物で、今年ももらって食べることができ嬉しかった。
スーパーで1個300円で売っていたが、300円も出して買ってもらっちゃったのかな
とちょっとくすぐったい気分。
1個100円なら、自分のために買えるのに……、というのが私の経済観念。
2003年9月19日(金)
県央障害者地域作業所の交流会で、大和市からバスを仕立てて
伊勢原市運動公園に出かけた。
暑い日で、体育館の中はムッとするような暑さ。

ジュースを1本飲むにも靴を履き替えなければならず、
なんだか使い勝手の悪い体育館に思えた。
2003年9月17日(水)
下の部屋がとにかく片づいたので、3月から来たいと言っていた義父を
待たせていたので、やっときてもらった。
相変わらず元気で、雪中梅を主人と2人で5合以上空けていた。
本当に嬉しいんだなとわかり、酒量で元気なことも分かる。
何にもまして有り難いことである。
Sが夕飯の用意をし、お酌をしてくれて義父もご満悦であった。
2003年9月15日(月)
敬老の日。
阪神タイガース(星野監督)18年ぶりの優勝。

娘の知り合いの両親が亡くなった。
突然の知らせに、身体の力が抜け落ちる思い。
心からご冥福を祈る。
2003年9月14日(日)
町田に沖縄の園田(おんだ)町からエイサーのチームがくるというので出かけた。
しかし、その場所を知らず、ちょうどよさこいをやっている場所があり、今か今か
と待っているうちに時間は過ぎ、園田町のチームが終えたときに違うということを
教えてもらい、なんのために出かけたのか分からずじまい。
ヤレ、ヤレ。
でも、かわいいH君に会えただけでもいいとするか。

家の居間が片づきずいぶん印象が変わった。
しかし、他の部屋はまだまだ片づかず、2階の片づけにかかるのは当分先のようだ。
明日には、もう一部屋をきちんとしなければならない。
国家試験用の勉強は全く手に着かず、模試までに1ヶ月を切っている現実に
ボー然とする。

世界柔道女子48kg級で田村亮子選手が6連覇達成。
今回はトレードマークの赤いゴムで髪を結ぶことはせず、ストレートのまま。
もう、ジンクスには頼らなくともいいのかも知れない。
見ていて鳥肌が立つほどの気迫があった。
素晴らしい人だ。

総裁選。むなしい。小泉首相が勝利するのだろうけれど……。
またぞろ、憲法9条の改正を声高に言い始めた。もっともらしい理由をつけて。
早く彼に変わる人物が出てきて欲しい。
戦争なんてするわけがないと、だれもが高をくくっているのではないだろうか。
危険すぎる。
2003年9月10日(水)
家の中を片づけること5日間。
失業中の3人は私がいないと動きが鈍く、私は疲れて昨夜はダウン。
とにかく、ゴミが多くて多くて……。
頂き物の食器なども使わずにおいたものを、この際は捨てている。

とにかく「シンプル」を目指しているが、なかなかめどが立たない。
きょうは、娘が休みなので午後から手伝いに来てくれたので、
ずいぶん片づいたようだ。
お礼に6人で食事に出かけた。
ほとんど手伝いをしない息子がおごってくれた。ヤッター!!
2003年9月4日(木)
昨日、Mが日射病になったという。
きょう、Sが交通事故。
幸い二人ともたいしたことはなく済んでひとまずホッとする。

レポートを書き上げた主人が、伊豆長岡に行きたいと言うが
止めた。
私は体がだるく、眠くて……、自分の身体を持て余し気味だ。
運気が下がっているのを感じる。
家族全員、ちょっと静かにしていた方がいいように感じられる。
2003年9月1日(月)
8月中に卒論の草稿を書きあげるという自分自身との約束を果たした。
昨日、卒論の草稿を仕上げ、上司に見てもらって直しを入れてもらい
郵送した。とりあえず、読める文章にはなった。

上司のお陰ではあるが、とにかく書き上げた私もえらい!
今は、全て書き直しといわれても平気な自分がいる。
書き直してでもいい卒論にしたいと思える。
とはいえ、これでいいでしょうと言われればそれはやはり嬉しいが。
2003年8月30日(土)
先日、卒論の草稿を45枚書いたが、それは400字詰め原稿用紙に
すると、90枚書いたことになっていた!
ギェーッ!!!!!

この私が90枚もの原稿をですよ……、書くだけだってすごい。
でも、それはなんの意味もなく、ただのアホ、または注意散漫、
それから、卒論を書く態勢にない、卒論の何も分からないくせに
説明書も読まず、基本がなっていない……。あ〜ぁ。

卒論の草稿が概ね出来た。本当に嬉しい。
でも、大学に送りこれからが大変なのだ。
とにかく書いたので、明日は掃除をして、国家試験のための
勉強などしてみよう。
気合いを入れ直さないと!
2003年8月26日(火)
卒論のようなものを45ページ書き上げて上司に見てもらった。
体の具合が悪くなり、頭痛のするような文面だと叱られてしまった。
さもありなん。自分にも分からない文なのだから。
でも、書き上げたからダメな文だと分かったのだし、自分が何も理解していない
ことを書いたことが良く分かったのだ。
そして、自分の書きたいことを書く方法が少し分かりかけてきた。
上司様々で、足を向けては寝られない。感謝である。
ありがとうございます。

新しく5ページ書いた。さて今度はどんな審判が下されるやら。
キーを打つ手は進まないけれど、理解できる文を書いているし、自分の意に添った
ことを書いているので、楽しさの方が勝っている。
書きたくて、書くことが辛くないのがうれしい。
2003年8月19日(火)
18日4人で朝3時半頃に家を出て、田舎に7時半頃に着いた。
今回は運転せずに済んだので、何となく気楽であった。
実家も皆元気な様子で安心した。
母はこの秋93歳になる。腰も曲がり加減であり、顔のしわは数え切れないほど
多い上に深く刻まれている。顔の相は悪くない。

隣町に住む兄宅にちょっと寄ってから、お墓まいりのために以前住んでいた家の
ほうに行き、雨の中墓参りを済ませた。
赤倉温泉まですぐなので、そのまま遠間旅館に向かう。
歴史のある旅館のようだ。
眺めのいい部屋をとったのに、雨のために何にも見えない。

「赤倉野天風呂滝の湯」につかって気持ちよく温まった。
温泉はいいとしみじみ思う。
少しの晴れ間を見て「灯まつり」に出かけて抽選をしたら、あめ玉をゲット。
太鼓を聴いて、パフォーマンスの上手い男の子が気に入った。

母は小さく軽くなったようだ。
体中を洗ったら、「赤ちゃんになったみたいだ」と笑って、「思いもかけない
いい思いさせてもらって……。もう、こんな楽しい思いは2度とないだろう。」
という。

寂しいけれど母の本心であろう。
近い内にまた行かなければと思う。
今度はどの温泉にしようかな。
2003年8月16日(土)
卒論に取り組みだしてから4日が過ぎた。30枚までいった。
もう、書くことがない! 問題意識もない! 結論? それもたいしてない!
……だったら卒論辞めたら?

だいたい5日間で本を読みながら書くなんてどだい無理でしょ!
そんなの論文ではないよね。小論文にもならないんじゃないかな。
でも、とにかく明日の夜までは出来る限りのところまで書く。

こんな状態で17日の夜中に田舎に向かうのだが、楽しめるのかな?
久しぶりに母に会えるから元気にしておかないと。
初めての母との外泊。最後にしたくないな〜。
2003年8月15日(金)
卒論に没頭?してから3日目。16枚までいった。
ペースが遅すぎる。
内容ときたら、ヤケに幼稚だったり変に大上段に構えた感じだったりして
まとまりも何もない……。
いいんだ、いいんだ。とにかく何か書けばページが埋まるし、ページが埋まれば
いいとか、だめだとか考えられるし、やり直すこともできる。
最初から卒論らしきものが出来上がるなんて思い上がってはいないんだから。
なんとしても、17日には50ページ近くまでにしたいものだ。

それにしてもこの陽気はどうしたんだろう。
二日間雨が降り続いて気温も肌にちょうど良くて汗ばむこともない。
勉強日和ですなぁ。ハハハ。
2003年8月13日(水)
やっと卒論に着手。1日10枚のペースで書かなければならないのに
きょうはようやく3枚。とにかくやるしかないのだが。
問題意識が希薄で散漫なためまとまらない上に、何かを実証しようとすると資料や
参考文献が乏しくて思うに任せない。……というより、思うことが文字に
ならないというか……、とにかくパソコンが打てないのである。
大丈夫かな、私。
2003年8月3日(日)
お寺で盂蘭盆会。主人がスクーリング中なので初めて1人で出席する。
住職のお説教をちゃんと聞きたかったが、少し遅刻して全てを聞くことが出来ず
残念であった。
浄土真宗大谷派であるので、他力本願の教えである。
自分の力ではなく、「南無阿弥陀仏」と唱えて全てを阿弥陀如来にお任せし、
感謝の気持ちで暮らすことが大切であるといったような話しであった。

2日の昨日が梅雨明け。例年になく遅い梅雨明けである。
とたんにきょうは暑い!
2003年8月1日(金)
7月28日、朝六時半頃予定通り京都駅に夜行バスから降りた。
駅前ではグワァッシ、グワァッシとクマゼミが賑やかなことであった。
いつものように宿に荷物を置き、バスで佛教大学へ。
佛教大学までの道もこれまたグワァッシ、グワァッシの大合唱であった。

講義の後は学友六人で飲んで食べて話した。
みんなそれぞれに活躍している人たちで、「ほーっ」「へーっ」「ソーカ」と
いう感じでただ聞き入るばかりであった。
自信を持って仕事をしているんだなと良く分かる。

7月31日は1人観光。
東寺、二条城、龍安寺、仁和寺、金閣寺、下鴨神社とめぐり、1日フリーパスの
バスキップに助けられた。それぞれの寺や神社は境内が広く歩き疲れてしまった。
仁和寺の中で抹茶を飲ませてくれるところがあり、そこで一服いただいた。
風が渡り、御簾が揺れ、水の流れ落ちる音が涼やかに響いていた。
すっかりむくんで火照った足は、どうにか正座に耐え、飲み終えた後解放した。

お茶を出してくださった方は、たおやかな話し方をされる中年の女性で、暑くない
今年の夏の話しなどした。たった1人のお客で静かでやすらげる時間をもてた。
1人旅が病みつきになりそうである。

「まめいた」なるお菓子を探し求めて1時間以上も歩き回り、諦めてヘトヘトに
なって宿にもどり、宿の前の小さなお土産屋に聞いてみた。
あった!「まめいた」。やれやれ、よかった、よかった。
2003年7月27日(日)
21日、B家から本牧の居酒屋へ誘われて出かけた。
「洒楽喰(しゃらく)」での焼き鳥のおいしかったこと!
これがレバーか、これが皮かといちいち驚くほどの旨さ。
外はカリッと香ばしく、中はふっくら柔らかく……。
長芋のステーキがまた絶品。ふっくら、もちーっと、カリッと。
シンプルな味でお酒に合う。

我が家は26日で失業率75%となってしまった。
収入の一番少ない私だけが就業中。
日本の雇用状況を如実に物語る我が家とでも言えようか。

大和市での夏のまつり「やまと阿波踊り」が25日前夜祭、
26日、27日と行われた。
大和駅の周辺で行われるので「出かける」というほどの距離でもないが、
見に行きたいが人混みが苦手で行かずにいた。

今夜は夜行バスで京都に行き、1日に帰宅する。
最後のスクーリングになる。ちゃんと講義を聴いて、スクーリングに
合格しなければならない。
不合格でスクーリングを再度受けなければならない現実を知っているだけに
緊張する。
2003年7月20日(日)
久しぶりに友人と会食。
ゆっくりおしゃべりしながら食べてお茶の出来る場所をと注文をしたら、
条件にぴったりで素敵なお店に案内された。
飲茶のお店でしゃれていて、落ち着ける空間であった。
頑張って勉強したからということで、ご馳走になってしまった。
誰もがやっていることでたいしたことないのにこうして励まされて、
ご褒美をいただけるなんて幸せ者である。
ありがとうございます。

Sさんは「美しい」という表現がぴったりの言葉使いをされる。
そのうえ、声音はきれいで優しい。ちょっと深刻な話しもゆったりした気分で
聞いてしまい、緊張感にかける私の受け答えは間の抜けたものとなってしまうので
あった。

大和駅周辺で、どなたかしゃれたお店を知りませんか?
ご存知でしたら教えてください。お願いします。
2003年7月19日(土)
18日、19日と長野県に研修旅行であった。
障害者の入所・通所施設である「ひもろ木園」見学は、移動中に道路の渋滞
で施設長の話しと福祉工場の見学のみに終えることとなり残念であった。
パン製造をしているとのことであったが、製品として出すのには結果的に
機械を導入せざるを得ず、仕事としての手作業工程が減り肝心の「仕事」が
減少するということになったという話しは、リアルで良く理解できた。

当作業所でも、敢えて機械を導入せず人手による作業にして「仕事」として
いる現実がある。この「仕事」と「効率」の板挟みになったりする場合もあるが、
常に「仕事」優先とし、いかに「仕事」を提供するかが職員の仕事でもある。

あたりまえの「製品」(当作業所では印刷物)をお客様に提供する作業所である
以上、「作業所の製品にしては良くできている」といった状況は許されない。
当作業所では提供するものが印刷物なので、間違いがあれば印刷し直すといった
シビアさが要求されて、甘えられる部分がないのは幸いというべきであろうか。
2003年7月17日(木)
同僚の快気祝いだったはずが、わたしの「ボンヤリ」のせいで、本人にまで
出費をさせてしまった。全く私らしいドジ。情けない。申し訳ない。
N君、ごめんなさい。この埋め合わせはきっと!
早く完治するといいね。
楽しく飲めたし、コミュニケーションも図れた。
何気ない、意味のない会話と思われても「必要なもの」はある。

明日から研修に長野県に出かける。
よその施設を見学するので卒論の材料になればと期待は膨らむ。
期待はずれにならないことを祈る。
2003年7月16日(水)
毎日送り迎えをしてもらっている。
主人は暇にまかせてなるべく車の運転をするようにしているらしい。
運転がずいぶんスムーズになったように思われる。
コルサからイプサムに乗り換えて乗っている。

気になっていた網戸の張り替えをやってもらった。
先日はカーテンも新しくなり、日曜日にはエアコンも取り付けられる。
新所帯の体裁がやっと少し整えられる。
「これでお友達に来てもらえる」とはSちゃんの弁。
2003年7月14日(月)
事件である。
コルサの車の前部のナンバープレートが盗まれた。
いくら古い車といえども……、どんな基準で狙われたのか気味が悪い。

家族の話だと、盗難車などにそうしたナンバープレートを付けて外国で
その車を売りさばくらしい。
悲しい話しだね。
2003年7月13日(日)
髪を切った。指名した人が予約一杯だというので、仕方なく違う人に
カットしてもらうことになった。
前と同じにしてもらったのに、こんなに違うのかと思うほど
イメージが違ってがっかり。
これからは早めの予約で、西田さんを確保しなければならない。
髪形なんてどうでもいい自分なのかと思っていたが、すごく髪形にこだわる
自分を発見した。

美容院嫌いは、いつも気に入った髪形にならなかったことに原因があるらしい。
西田さんにカットしてもらい始めてから、美容院に行くことがあまり気になら
なくなっていた。しかし、きょうは、気分がさえない。
西田さんのカットだと髪振り乱したつもりでも結構行けてる感じになっているから
すごいのよね。

髪形で腐る自分なら、私自身も仕事をするとき「○○に任せておけば大丈夫」と
いったものを持たなければならない。
それもないくせにとやかく言えた義理じゃない。
2003年7月12日(土)
普通自動車免許取得した主人は、積極的に車に乗っている。
その果敢さに拍手。
しかし、明日の試験勉強はといえばこの間までの私と同じ。6設題中1設題の
解答しかできていない。自分なりに解答した後、覚えて行かなくてはならないので
人ごとながら気に掛かる。徹夜のきくひとではないのだから。

長崎市での4歳児をビルの屋上から12歳の中学1年生によって突き落とされた事件。
沖縄では13歳の中学生が同じ中学の上級生やクラスメートによって、2時間も
いたぶられた後殺され埋められた事件。
こうした生徒による事件も多くなっているが「殺人事件」のない日が無いくらいに、
人命が軽く扱われていると感じるこの頃。

「殺人は、自分自身を殺すことになる」と話してくれた人がいた。
罪を犯した人が、自分自身を殺してしまったと気付いて、被害者遺族に相対するなら
少しは救われるものをと思う。
2003年7月10日(木)
普通自動車免許取得おめでとう。
早速明日から、私を作業所まで送り迎えしてもらうことに決定。
そうすれば嫌でも車に乗ることになり、練習になるであろう。
バイクが好きでも雨に濡れない車の良さにすぐに魅了されること請け合いである。
車になれて、早く仕事が出来るようにしてもらわないと生活が……。

家族全員が車の免許を持ったことになるが、お互いに事故のない車生活を送らなくては。
2003年7月9日(水)
このホームページで、佛大通信教育部科目最終試験問題を掲示しているけれど、
大学側は試験問題を持ち帰らせることによって、試験勉強をキチンとするように
という意図を持たせている。
過去の出題傾向を掲示することは、学生にはかなりな満足度であろう。
しかし、確実でもないその出題傾向にそっての勉強はかなり危険であると言えよう。

学友からの指摘もあり、昨年度以前の出題傾向の掲示は止めることにした。
2003年7月8日(火)
あんなに楽しく飲んだのはホントに久しぶりなような気がする。
打てば響くようなことばが返ってくる、そんな人と話ながら飲むお酒は
格別。聞く話がおもしろく、ジョークはお互いに通じて、言葉のキャッチ
ボールが出来るなんて、お酒がなくても楽しいし素敵なことであるのに、
飲みながら話しをつまみにするなんて贅沢の極み。
上司に感謝!ありがとうございます。
2003年7月6日(日)
我が家のバケツに育ったキュウリ、姿が良くて大きいのが1本収穫できた。
採るのがつらく感じるほどいとおしいその1本をみんなで食べた。
アマイ!大きいにも関わらず皮は柔らかく、とにかく青臭さが薄くて甘い。
おいしい。ありがとう、キュウリ。そして、苗をくださったお隣さんに感謝。
明日か明後日にはお隣さんに1本お裾分けできそうだ。
3〜4日後には、逆のお隣さんにもわけられることだろう。
次には娘にもあげよう。1本ずつだけれど、おいしさは満点だから。
10日間を過ぎれば、1日に2本ぐらいは収穫できるのだろうか。
心許ない花の付け具合だけれど、上手く育って欲しいものだ。

佛大通信教育部の人たちから、ぽつりぽつりとメールをいただくようになった。
掲示板にも書き込みがあり、役に立てているように思えて嬉しい。
少しでも目標を持って勉強しやすくし、次への単位取りに意欲を燃やせるように
することは、学生にとっては大切なことである。
情報を公開することで一歩踏み出す勇気と、みんな同じ土俵にいるという親近感を
もってもらい、孤独な学びから仲間がいるという心強さを少しでも感じてもらいたい。
2003年7月4日(金)
久しぶりに銭湯に行って来た。
サウナに何度も出入りして汗を流したにもかかわらず、0.5kgしか体重が
減少しないのはなぜなんだろう。
おまけにのどが渇くこともない。汗の出がまだいまひとつなのだろうか。残念。

大好きなスイカにかぶりついているにもかかわらず、利尿作用は働かずに
身体や顔がむくんでしまうのはなぜなんだろう。
デブなのに、一層の水膨れでこういうのを「やんなっちゃう」というのだ。
あ〜あ。さっと減量する方法はないのだろうか……。
2003年7月3日(木)
ポストペットからの受信が出来るようになった。
ソネットサポートセンターにSOSを出したら直ぐに対応してくださった。
いつもながら素速く親切なソネットプロバイダの対応に感謝。
初めてのトラブルのように考えていたが、いつものトラブルと同じようなもの
であったらしい。ポストペットはデリケートなソフトだから……、でも好きなので
使うのを止めようとは思わない。
他のメールソフトで先に受信するやり方をしていることが、今回ほど助かったことはない。
何はともあれ「よかった!」ホッ。
2003年7月2日(水)
携帯電話を6月2日に新しくしたから、あれからちょうど一月になる。
私との連絡は携帯メールでしたいという家族からの要望で、携帯電話を
新規購入したのだ。
写真が撮れてメールが出来るようになった。
メールはフル稼働。

カメラはもっぱらSちゃんがモデル。それと我が家のアイドル達。
言わずと知れた「こてつ」「ちび」「みー」と「ロン」である。
いいのが撮れたらHPにUPしようと考えているが、なかなか「これだ!」
と思えるものが撮れない。

ソネットのポストペット(メールソフト)を使って、メールを受信することが
できなくなった。
お気に入りなので、「なんでだろう?」と思うだけで気分が沈む。

送信は出来るようなのであるが……。
メールを書くときも一番慣れているソフトなので使い勝手がよい。
ポストペットでないとメールを書く気になれないから困る。
返事が遅れぎみ……。ごめんなさい、ポストペットが元気でないので、
メールの返事遅れます。
2003年6月30日(月)
対人関係で「心地よい」と感じることができるのは、どういう時なのか
具体的に理解できたことがある。
「こんなふうに応じてほしい」とか、「こんなリアクションが欲しいな」
「私が話したこの言葉は、こういう意味なんだよ」といったことが、
スムースに伝わる人間関係が「心地よい」のである。
大きく言えば「価値観が同じ」ということになるのだろうが、相対したその時、
同じような思いというか、同じような感じ方が出来ることが自分を理解してもらえた
と感じて「心地よい」のであろう。

これは、「感性が同じ」といった類の、その人それぞれに備わったもの、その人が持ち
合わせているもの、その人の人生経験、生活環境などと大きく関わっていると言えよう。
それを昔から「相性」といってきたのであろうか。
気を使ってくれているのが良く分かっても、「そこじゃなくてこっちに神経使ったら?」
と感じては相手を丸ごと受け入れる気にはなれないものだ。

ある意味どうでもいいような小さなことが、生活していく上ではとても大切な大きな
要である。
「ありがとう」の使い方をお互いに適切と思える。「ごめんなさい」を素直に言う。
「うれしい」「いいですね」と自分の好きなことや気持ちのいいことを相手にアピールできる。
「これはちょっと苦手なんです」などといった自分のマイナス部分も表現でき、人に伝えられる。
つまり、本音を出してお互いに受け入れあえる関係がなくては「気持ちのいい」
「居心地のいい」人間関係は成立しないであろう。

いい人間関係を沢山抱えている人は健康な人と言えるのではないだろうか。
多くの健康な人がまわりにいる、そんな社会が望みだ。
健康な人が増えるように、何か自分に出来ることを探していこう。
2003年6月28日(土)
作業所職員研修会に出席。行政からの説明会であった。
法外である作業所は、支援費からは外れているけれど、地域で生活する
市民にとってその存在意義は大きいものがあることを再認識した。

電車の中で久しぶりに読書をした。卒論用の本である。電車を1本遅らせて、
座席に座って読むことが出来た。
その時、夫婦と4歳くらいの女の子と2歳くらいの男の子の家族を見かけた。
男の子が「キーッ」といった甲高い声をあげては、何やら要求している。「シーッ」と父親が
たしなめているが、また時折声をあげていた。
女の子が「あんな態度では、貸してやれないよ。」と男の子を非難していて、ふっと笑えた。
子どものいるありふれた風景。
しかし、ボックス席を家族で占めて席を空けない夫婦の態度は頂けない。

ロンとこてつたちの首輪が新しくなった。
ロンは、ブルーに赤の縁取りがある皮の首輪。
こてつはオレンジ、チビはピンク、ミーナは黄緑のナイロン系の夏らしい首輪。
似合うよ、みんな。

佛大通信生の学友から初めて、HPについてメールをいただいた。
HPに訪問してくださっている方がいることを直接知って嬉しかった。
しかも不備を指摘していただき、感謝している。
いろんな方から掲示板書き込みやメールが来ると嬉しいなー。
2003年6月26日(木)
机の中から20年前に受け取った母からの手紙が出てきた。
現在92歳、秋には93歳になる母は元気に田舎で暮らしている。
20年前、出稼ぎ先でしたためられたその手紙には、

「みんなみんな生きるためか子供のためか一生働いて死んでいくのです。
親ばかちゃんりんとやらで子供はさほど思っていなくても、いくつになっても
思うことはただ子供のことばかりね……、それが親の道なのでしょうね……。」
「子供達を大切に致してください。」

と、決して上手とは言えない文字で綴られていた。

母に手紙を書こう。
母への感謝の気持ちをちゃんと伝えておこう。
ありがとう「お母ちゃん」、私は幸せに暮らしています。
2003年6月25日(水)
大学最後の試験結果は合格!
これで4年生で受けるスクーリングを残して、全ての単位を取り終えたことになる。
バンザーイ!!!!!やっぱりうれしい!
さあ〜て、卒論に打ち込むぞ!ガンバレ、私。

1時間かけずに料理をした。なす味噌炒め、キャベツとモヤシの酢の物、豚肉生姜焼き、
冷や奴に納豆、あじの開き。
最近、ちょっと主婦っぽくなってきた。少しでもSちゃんの負担を軽くしたくて
台所に立つことが多く、自分でも気分がいい。
気持ちよく過ごしているためか、体重にたいした変化がない。ここまで増えると、
2〜3kgの変動は日常茶飯事である。
それでも減量への努力は続けよう。(無駄な努力をしていると言った上司の顔が……)
2003年6月19日(木)
相模原の道保川公園へホタルを見に出かけた。
風があったからか、もう時期が過ぎてしまったからなのか、3〜7匹ほどが
ほやほやと健気に光って飛んでいた。
いつかの「光の競演」のような華やかさは全くなく、やっぱりさみしい気がした。

早い時期に行きたかったが、時間がとれなかったり雨が降ったりで行けなかった
のだから仕方ない。それでも手に触れるほどに近くに寄ってきたホタルが
いたりして楽しめた。来年にまた出かけたいものだ。
2003年6月18日(水)
昨夜、2親族でよろしくお願いします会をした。
9人でグランドホテルの「河童」で初めてのメンバーで飲んだが、
なかなか楽しく3時間がアッというまであった。
最後に傘紛失事件があり、ちょっとがっかり。

職場にH君が来た。あるむで会うのは久しぶり。1ヶ月前に会ったときよりも
大きくなっている。「あ〜」と言いながら指さしたりしてかわいい。
「いないいないばあ」も、かがんだり伸び上がったりして動作も大きくなって、
キャッキャッと機嫌良く笑いながらやっている。
Eちゃん、H君にあわせてくれてありがとう。
子どものいる空間が好き。

先日いただいたワラビをごま油で炒めた。オイスターソースと醤油と中華味で
味付けし、七味を振りかけたらう〜ん、美味!私もなかなかヤルジャン!
素材がいいから……であった。
2003年6月16日(月)
秋田の友人からワラビを採りにいったら送るからとの約束通り
「ワラビ」が届いた。
青く灰汁抜きしたもので、蕗もゆでて皮をむいたものが入っていた。
新鮮な山菜に舌鼓を打ちながら食べた。
ワラビはそのままおかかをかけて生醤油で食べた。灰汁の苦みがなんとも言えず
美味しい。白骨温泉の2度目の春に次ぐ、3度目の春を味わった。
蕗はちょうどあった油揚げと一緒に煮た。なんだか上品な味でおいしく仕上がり、
素材の良さが生きるものとなり、家族に好評を得た。

京都の学友から「国家試験対策講座」に付いての情報が寄せられた。
ありがたい。
実際に勉強を始めないといけない……。
2003年6月14日(土)
昨日体脂肪測定機能付きのヘルスメーターを手に入れた。
とても安く手に入れて、得々として家族に見せ、いざ使用することになったら
なんの反応もない。設定の仕方がどうのこうのとワイワイしていたが、電池切れ
なのではないかということになり、交換したところ動き出した。

「使えないんじゃないの?」という家族の失敬な言葉にもめげず、とにかく
計ってみることになった。
体重がとてつもなく増えていて、ただただびっくり!
体脂肪値が23.0%とあまりにも少なくこれにもびっくり。

そんなわけない……のであった。
きょうのお昼に計ったら30.5%!基準値以上もあった。
夕方計ったら、体重がほんの少しだけ減っていて体脂肪値も29.5%と減っていた。

今日の夕飯は少な目なお総菜に少な目なご飯というメニューで、全員これくらいで
ちょうどいいということになり、これからは食べ過ぎないようにあまりたくさん用意
しないことにしようということになった。
一番減らしがいのあるのは私。う〜ん、楽しみ。
こうなると燃えるのが私のいいところなんだから。ついでに脂肪も燃やしちゃおーっと。

家の回りの竹を切ったら、風通しの良いすっきりした感じになった。
庭もないのに竹だけはあちこちに根を張って生えて、伸び放題になっていたのだ。
毎年、なんだかんだとご近所のいろんな方にお手伝いしてもらうが、今年もやっぱり
ご近所の方が見兼ねてか、竹箒や木を切る道具などを持ってきて手伝ってくださった。
だらしのない私達家族のために手をさしのべてくださり、有り難いことである。
こうしたお付き合いはとても大切なものである。
子供達の世代も、このご近所のつきあいを大切にしていってもらいたいものだ。
2003年6月9日(月)
入院していた同僚が退院して今日から出勤してきた。
思ったより早くてほんとうによかった。
バタバタしていたとはいえ、ちゃんとお見舞いに行かない内に退院となり
申し訳ない思いである。
まだ、リハビリに通っており、傷の場所も痛むようであるが、日に日に
いい状態になるのだろう。早く元通りに元気になってほしいものである。
2003年6月8日(日)
久しぶりに近所4軒で飲み会。
年齢と共にご主人達の体調に変化が見られ、どこかしら気がかりなことがある、
という話しで盛り上がった。
世の女性達は男性よりも元気だということになった。
やりたいこと、やらなければならないことを沢山持っている女性が多いということ
なのではないだろうか。
「男性だって元気ですよー」という左隣のご主人の声。もちろん、そうであろう!

それぞれ料理を持ち寄って、近くの公園に行き桜の木陰でおしゃべりしながら
飲むビールはおいしい。
料理を沢山食べたので、缶ビール1本しか飲めなかった。

他の家で作られた料理はどれもおいしくて、つい手が伸びてしまう。
右隣の家が栽培したキュウリのおいしかったこと!1皿食べ尽くすところであった。
自分も同じくおいしいキュウリを育てようと思ったわけでは決してないが、
隣家からキュウリの苗をいただいたのでバケツに植えた。
枯らさずに実を付けさせたいものだ。

いい加減でだらしのない性格が禍して、近隣に迷惑をかけてばかりであるが、
こうしてお付き合いさせていただいて本当に嬉しい。
ありがたいことである。
2003年6月7日(土)
N夫妻と白骨温泉や上高地の写真を見せあって、思い出を語り合う。
横浜で昼食を共にし、そごうデパートで「片岡鶴太郎個展」を見た。
春に新宿の三越デパートで見たものがほとんどであったが、今回は本人の
サイン会での挨拶を聞いた。
身長は少なそうなのは承知していたが以外に細い人で驚いた。
墨をする目が真剣そうだったので私の中で好感度アップ。

N夫妻は揃って気遣いの人で今回も、お土産を家に忘れた私達と違って、
手作りの写真ファイルや旅の記念の写真立てに上高地の写真を入れて手渡して
くれたのであった。

ありがとうございます。
あの異次元のような安らぎの思いを、頂いた写真を眺めながらいつでも反芻して
リフレッシュできます。
2003年6月6日(金)
有事法制関連3法案可決。
米軍基地のある大和市の空には、「キーン」「ゴーッ」と連日凄まじい轟音
を響かせて飛行する「物体」がある。
病気で寝ている人にとってつらいことであろう。

軍事費を増やす方向に政治は動いており、国民の生活は「福祉」を
望むことは出来なくなっている。
生活しにくい状態へどんどん追いやられていく状態が、目に見えるほど
はきっきりしている現状が恐怖ですらある。

どんな世の中になっていくのだろう。
ただ見守るだけでは、次世代の人たちに申し訳ない。
何が出来るか考えなければ……。

歯を抜いた。また1本歯がなくなった。
歯を食いしばって生きていけるように、歯の治療に専念することにきめた。
痛み止めの薬で胃痛がひどく、背中が痛んだり吐き気がしたりでさんざんな思い。
家族が多いので助けてもらって感謝である。
2003年6月5日(木)
仕事が忙しくなりありがたい。
職場のみんなが忙しい状態になるのは難しく、あるセクションだけが
忙しくなったり暇になったりする。それでも、どこかしら忙しければ
それなりの利益はあるわけで、作業所として助かる。

Sちゃんと、ご近所に同居の挨拶回りにでかけた。
恥ずかしいと言いながら出かけたが、挨拶に行ってよかったという
Sちゃんがいじらしい。
Sちゃんは両家の食事の用意をすることが多く、朝早くから働く彼女の身体が
気遣われる。なるべく早く帰ってせめて家の分くらいの食事の用意を
してやりたい。

仮免許を所持した主人は、今日初めての路上運転をし緊張したようである。
だんだん、運転することが楽しくなってきているように見受けられる。
免許を取ったとき、誰が助手席に乗るのかという話しになると、子供達は
皆一様に「遠慮します」と謙虚である。結局私が人身御供となるらしい。
2003年6月1日(日)
6月に入った。
合格通知はまだではあるものの、とりあえず試験を全て受け終えた
ためか、惚けた気分で土曜、日曜を過ごした。
歯茎が腫れて痛み、ゴロゴロしながらテレビを見て1日が終えた。
卒論に取りかからなければならないのに。
2003年5月28日(水)
Sちゃん、お誕生日と結婚おめでとう。
これからも末永く楽しい人生を送って下さい。

昨日よりも今日が、昨年よりは今年の方がより充実したもので
あると感じられる生き方をしていきたいものですね。
よろしく!
2003年5月25日(日)
最後の試験日になるはずであったが、今日のテストは惨憺たるものの
ように思われる。どのような解答が適切なのか判断出来ず勉強不足を
思い知らされる。毎回一夜漬けの勉強がここに来てたたっている。

電話機と掃除機を買った。多い機種に目移りして、どれを買ったら
いいのか迷う状態。
徹夜疲れで良く元気があると自分でも感心していたが、目はくぼみ
顔は惚けた状態でとても元気があるとは言えない。

試験会場で学友のSさんと一緒になり、軽食を共にしご馳走になった。
ありがとうございました!
2003年5月23日(金)
気持ちのいい季節で、自転車に乗っているとバラの香りが漂ってきて、
思わず笑い顔になりすれ違う人は不審がるかも知れないこの頃。
などとのんきなことは言っていられない事態が発生した。
今朝、同僚のN君が自転車で車と接触して骨折し入院した。

病院に行ってみると、痛々しい様子をしている。
看護師さんから湿布薬を渡されながら、「今日はともかく明日、
明後日になるとあちこちが痛みますのでこの冷湿布を痛むところに
貼ってください。片手では貼れないでしょうから、看護師に痛むところを
言って貼ってもらってください。」と言われていた。

明日も痛む箇所が増えるのだろうけれど、今晩も頭痛がしたり、打ったところが
すでに痛んできているのではないかと気がもめる。
病院なのでなんとか処置してもらえるとは思うけれど……。
脳に異常がないようだし、歩けるようで不幸中の幸いと思うことにする。
若いし元気な人なので、早く治るに違いない。
入院中は苦しい思いをしないで、手術をせずに済んで、早く退院できますように!
2003年5月20日(火)
作業所で共同募金会から寄付金をいただき、軽ワゴン車をゲット。
今までのスターレット、ご苦労様!
新しい「あるむ号」は快適である。台車も車椅子も乗せられる。
募金会からの寄付なので、皆様の募金のお陰である。感謝。

通勤途中でエゴノキを見つけた。
今、真っ白な花を下向きに付けて、芳香を放って咲いている。
好きな花である。
2003年5月18日(日)
佛教大学通信制の科目最終試験問題をこのホームページで公開し始めたが、
私自身は5月25日午前で試験が完了予定であり、学友は4年生が多いので、
いろんな人の協力が必要になりそうである。

今回は、11日の午後の分は京都の学友Kさんの迅速な対応で公開できた。
kさん、ありがとうございました。
さまざまな参考資料を惜しげもなく送って下さる。
きっといつか恩返しをしなければならない。

友人夫婦と「アヤノコウジ キミマロ」という人のCDを聞いて笑いながら
白骨温泉に向かった日から10日が過ぎてしまった。
何をしていたんだろうかと思うほど、速く過ぎ去った日々。
年齢が高くなればなるほど月日の経つのが速いとか。
10歳の人は10分の1日、50歳の人は50分の1日……。はぁ〜っ……。

有事法制関連3法案5月15日(木)、ついに参議院においても可決。
世界に誇る平和憲法を持つ日本が、原爆を体験した日本が、戦争に向けての
法律を持つなんて……。
国民の保護?戦争になればそのようなものは、役に立たない。
軍に協力しない者への罰則が設けられる法案に、国民の保護なんて期待
できるのだろうか?
「自由」が拘束されないと誰が保証するのだろう。
むなしさだけが募るこの頃。
2003年5月10日(土)
友人夫婦と昨日9日こちらを発って白骨温泉へ車で出かけ、
今日夜9時前に帰宅した。
白骨温泉の辺りを散歩し、宿である「小梨の湯 笹屋」に
チェックインしたのは2時頃。

日本風の建物で、落ち着いた感じのいい宿で、大振りの壺に赤いツツジと
黄色の山吹が活けられ、お香の香りで迎えられた。
美しく、たおやかな風情の女性が案内し、気分が悪いという主人に
薬を運んでくれた。

食事処は、江戸末期の民家を移築したという。白い壁に磨き抜かれた黒い柱と
太い梁、高い天井。いろりにおいた炭で暖をとりながらおいしい食事を
ゆっくりいただいた。どれもおいしい料理であったがそばがきが絶品!
のどごしのすっきりした辛口のお酒を女将さんから頂き、気のおけない
友人夫妻と楽しく語らいながら、暮れゆく白樺林を眺めながらの食事は、
現実とは違う空間にいる思いであった。

お風呂は憧れの乳白色。薄水色がかった白い温泉が満たされた小さな露天風呂を
陽の高い内に楽しみ、ライトアップされた白樺林を眺めながら半月が輝く夜も楽しみ、
朝日が残雪の穂高岳の方向から射してきた朝も楽しんだ。
これぞ、極楽!

友人夫妻が、35年勤めて退職した主人に手作りの感謝状とこれまた手作りの
額入り押し花の記念品をプレゼントするというセレモニーをしてくれた。
心憎いばかりの心遣いと思いやりに胸に込み上げるものを押さえきれなかった。
ありがとうございます、Nご夫妻。

今日は初めての上高地!
大正池から河童橋まで歩き、梓川の水の美しさや、焼岳、穂高の偉容を堪能した。
帝国ホテルの食事もさることながら、カマンベールチーズケーキの美味しかったこと!
帝国ホテルの赤い屋根と残雪を冠した穂高のマッチングの良さにカメラのシャッターを
何度もきった。

この旅を計画し、楽しませて下さった「楽しみ上手なNご夫妻」に感謝を申し上げます!
本当にありがとうございました。
2003年5月6日(火)
花粉症がすっかり治ったようなので、また徒歩通勤を始めた。
朝、30分ほどのロンの散歩の後出勤し、夕方帰宅した後、
ロンの散歩にでたら足がふらつく感じがした。
身体がなまっているのを感じる。情けない。

帰宅したら息子の友人が来宅していて、2人で楽しくお酒を飲んでいた。
子どもの頃の話しをしたりしていたので、つまみを作って
時々話しに入れてもらった。
子どものことでは親の知らないことの方がはるかに多いことを
改めて知らされた。

田舎の母が作った新米のおいしさは、もう2度と味わえないけれど、
あのおいしさを息子はちゃんと知っていたのには驚かされた。
なぜかホッとして、嬉しくなった。

「お母さん、彼はもうちゃんやっていくから心配ないですよ。」と友人。
「俺はもう大丈夫だよ。ちゃんとやって行くから。」と息子。
「お前が言うなよ。」と友人の茶々が入った。
2003年5月5日(月)
こどもの日で、H君が初めて来宅した。
パパとママと一緒に。
1歳1ヶ月ながら、もう照れ笑いやお愛想笑いをする。

なんとも可愛くて、ぎゅーっとしたい。
この子達が大人になってもずーっと平和でありますように!

最後のレポートを提出。
少しずつ、卒業が近づいている。
ガンバレ、ワタシ!
2003年5月3日(土)
憲法記念日。平和憲法として日本国憲法を守っていかなければならない。
戦争をしない国として。

娘が近くに引越をしていった。
2003年5月2日(金)
ゆっくりしたお陰か、かなり体のだるさがとれ主婦をした。
まだまだ、主婦としてやらなければならないことだらけであるが、
この連休中に少しずつでもやりたいものだ。

下のふれあいの森公園は人であふれるので、ロンの散歩も朝早く
行くことにしよう。

バーベキューをする人たち、お弁当を広げる家族、散歩する人、
公園の遊具や川や広場で遊ぶ子供達。
車は駐車場が狭いので、公園内の空き地に誘導されて止めてある。
今はツツジと菖蒲が咲いている。芝桜も山吹も色あせてきた。
風が心地よく感じられ、いい季節になった。

昨日、5月1日ジョージ・ブッシュアメリカ大統領が、
太平洋上の米空母エイブラハム・リンカーンの艦上から、戦争終結宣言
を行った。演説骨子は思いつくままに載せた。

戦争は人命を奪い環境汚染をし、人々に心身の傷を負わせた。
戦後、平和で暮らしやすい生活がイラクの人々に訪れることを祈る。
2003年5月1日(木)
29日からゴールデンウィークに入った。幸せ一杯である。
ただただごろごろとしてテレビのサスペンスを
探してはチャンネルを変え、まどろむこと2日。

29日、夕方からB家と会食。
30日、朝から忘れていた仕事をしに作業所へ行き、仕事を終わらせる。
私がしたのはそれだけ。
それでも体がだるくて、やる気がない状態。
夕飯を早く作るように催促され、40分ほどで3つのおかずを作り、みそ汁を作り
ご飯を炊く。やれば出来る状態にある自分に驚き、このだるさの正体は
ただの怠け心だと知る。

今日は髪を切って気分をリフレッシュさせ、とりあえず主婦っぽくきめてみた。
主人がスクーリングのため夜行バスで京都へ。
よしっ!明日は掃除だ。勉強もするぞ!
2003年4月26日(土)
義父が来宅した。元気で助かる。感謝。
一緒に墓参りをし、お寺さんでお茶を頂き少し話した。
その昔人々は、こうしてお寺さんとコミュニケーションをとり、癒されていたのでは
ないかと容易に想像できる。
お寺の人たちは話しの聞き上手というべきか、何時お会いしても、どなたも
気持ちのいい人達であり、人柄の良さがしのばれる。

4月13日は県知事と県会議員の選挙で、明日は市長と市会議員の選挙である。
県会議員の時は、選挙カーがうるさいと言うことはなかったが、市議会選はとりあえず
今日まで毎日だれかしらの選挙カーの声を聞いた。

○○でございます。市議会選挙には是非○○をよろしくお願いいたします。
○○でございます。○○、○○、やっぱり○○。

これには笑いが止まらなかった。

23日に京都の学友から、国家試験用の資料が届いた。感謝である。
ボヤボヤしていられないとは思うものの、まだ手つかず状態。
2003年4月19日(土)
汗ばむほど暖かな日が続いているが(昨日は夏日)、明日からまた雨になり
気温は平年に戻るとか。
花粉症は大分納まってきていて油断していたら、今日はくしゃみと鼻水と鼻づまりで
悲惨であった。県央障作連の総会中は連続する大クシャミに恥ずかしい思いをした。

17日(木)は新人の歓迎会であった。
その後、職員会議。「これからの作業所の行方」特に、我が作業所のこれからという
重い議題に、安穏としていられない思いがする。
しかし、だからといって今すぐにどうこうすることでもなし、それなりの心づもりをする
ということであろうか。

県央の各作業所ではどのように考えているのであろうか。
聞いてみたい誘惑に駆られる。

夕方、大きな虹を見た。隣家にも声かけをして「きれいだねぇ」と眺め、
「久しぶりに見たね」と話す。

お初の筍を食べる。昨日、家族が掘ってきて近所や友人にもお裾分けをした。
2003年4月16日(水)
佛教大学の通信教育部 社会学部社会福祉学科の科目最終試験問題と
出題傾向をホームページに掲載した。
今年度の試験問題は主人が持ち帰ったものを参考にすることになる。
2003年4月15日(火)
2人の学友から貴重な資料が届いた。
1人からは科目最終試験用の資料、もう1人からは社会福祉士受験用の資料。
本当に有り難い。
みんな勉強しているんだなと改めて思う。
私のようないい加減な勉強をしている人は稀なのであろう。
でも、これは私流なのでなかなか変えることができない。
福祉士受験に向けてどうしたものか?
2003年4月13日(日)
2科目試験。とにかく書いたが不合格の前歴があるので安心できない。
若い学友は3科目を難なくこなした模様。すごい!
「これってどんな風に解答するの」と聞いたら、すらすらと答えが返ってきた。
う〜ん、さすが!
「また、昨夜徹夜でしたか?」と冷やかされてしまった。
1日しか勉強しないままで、試験に臨んでいる方がヘンなのであろう。

昨日、Kさん宅におじゃましてご馳走になる。ご主人が亡くなってから
はや20年。彼女も今、福祉大学の通信制であるとのことで話しが
盛り上がった。
気持ちのいいご家族で、毎年お会いするのが楽しみになっている。

体の変調を感じる。だるい、やるきがない、食べなくていいから寝ていたい。
とにかく、座っていることが出来ず直ぐに横にならずにはいられない。
気が抜けたのか?単なる疲れか?違う気がする……。
2003年4月5日(土)
満開の桜に無情の風雨。花冷えの日であった。
早く咲いた桜の花びらは地面に散り敷かれているが、咲いたばかりの桜は
この風雨にめげず健気にまだ枝に残っている。
明日晴れれば、また、ため息が出るほど美しい姿を見せてくれることだろう。

昨日、Kちゃんから封書が届いた。
中身は予想したとおり、設計者である彼女が県の「住まいの文化賞」を
今年も受賞したという知らせとその冊子である。
2年連続受賞とはすごい快挙だ!おめでとうKちゃん!

仕事も才能も素晴らしいものがあるが、Kちゃんの健やかな精神には
いつも和ませられる。愛情も豊で、明るくて優しい人柄が回りの人に
影響を与え、またいい仕事にもつながっていくのであろう。
こうした沢山の素敵な人と知り合っているのだから、
それに恥じない自分でありたいが、実体は……情けない。
2003年4月1日(火)
主人退職の日。
35年間、お疲れさまでした。
新しいことへの挑戦、応援しています。

今夜、家族3カップル6人で主人の退職ご苦労さん会をした。
駅前の居酒屋へ。
ねぎらいのメールが子供達から入り、お祝いのお酒をもらったりして
主人は満足そうにしていた。

子供達はそれぞれに成長した。
自分は色々考えて計画して、何事もやっているんだという息子に
「育児が一番思い通りにいかないものだよ」と話した。
息子は「それでも俺達は良く育ててもらったと思うよ」と言ってくれた。
「良く育てたかどうかはともかく、可愛がって育てたことは確かだよ」と
答えたが本音である。

よかれと思わずに育てる人もそうそういないわけで、我が子には
幸せになってもらえるような将来をと考えて育てるのだ。
しかし、子どもはすでに親とは価値観も環境も違う1人の人間である。
親の思いとは違うのが当然である。
自分とは違うことを喜べる親でありたい。
2003年3月30日(日)
昨日今日と城山町のかたくりの里に出かけた。
昨日閉じていた花は、今日は目一杯開き花びらを後ろに反り返していた。
相変わらず可憐な花である。年々人気が高まり人でごった返して
ゆっくり見ることが出来ないし、駐車場は長蛇の列。
のんびり、ゆっくりと花を見ていられた頃が懐かしい。

今日の暖かさで、桜が開き千本桜は6分咲きで見事であった。
来週あたりは、かたくりも桜も両方楽しめて、贅沢な気分が味わえそうである。
なんだか疲れてしまった。
2003年3月27日(木)
4科目の試験結果の通知が来た。
初めて再試を受けなければならないことになった。
気にもしていなかった1科目。
う〜ん、何がいけなかったんだろうか?

先生、採点ミスじゃないんですか?と言いたい心境。
ま、仕方ない。もう一回勉強し直しだ。
国家試験にもある大切な科目だからきちんと勉強しておかないとね。
いいチャンスかも知れない。

学友から電話があり、彼女も心配していた科目は合格し、
大丈夫だと思っていた科目が不合格だという。
さてさて、慎重に科目最終テストに臨まなければならない。

すぐ下のふれあい公園のソメイヨシノ桜はこの暖かさで少し咲き始めたことだろう。
今朝はふっくらと膨らんだつぼみは咲きたくて咲きたくて……といった風情であった。
6本の種類の違う桜が咲いていて、2本は散り始め、2本は満開、1本は咲き出した。
家のレンギョウや雪柳も咲き出して、いよいよ春本番。
今週の土・日にかたくりに会いに出かけるつもり。
http://www.katakurinosato.com/kaika.html
下の公園でも、ちょっと小さな片栗の花が数個咲いている。
2003年3月25日(火)
婚約おめでとう!
Sちゃん、あんな息子でいいんですね?
何が一番大切なことなのかをいつも考えながら、
2人で幸せだと思える日々を重ねていって下さい。

よく働くSちゃん、体をこわさないようにね。
息子をよろしく。
2003年3月21日(金)
春分の日。やはり日が長くなったと感じる。
大和公園のキャンドルデモに1人で参加。
300人以上は参加していたと思うが確かな数字はまだ分からない。
思いがけずに、知った人に出会った。

主人の職場に、退職するために荷物の引き上げに向かったが、
あまりの道路の混雑におそれをなして、途中から引き返してきた。
急遽墓参りに予定変更。

帰りに近くの公園に寄って、河津桜を見てきた。
満開の木有り、まだ咲いていない木有り、7分咲き有りで小さい木ながらも
見事であった。河津桜はあでやかで美しい。
2003年3月20日(木)
米英軍によるイラク攻撃が午前0時前から開始された。
犠牲者が多く出ない内に終結することを祈る。
小泉首相は、米国を支援するという。
武器は持たない、戦争はしないという憲法を持つ
日本の首相にはふさわしくない人だ。

2000年5月、憲法9条を
「軍隊を持つのは当然だ、軍隊が平和主義を害するものではない」
と改訂した方がいいと言ったのは小泉氏である。
彼が首相になったとき本当に恐ろしさを感じたが、
ここまでになるとは予想もしていなかった。
政権交代が待たれる。

大和駅近くの大和公園で、21日夕方6時からキャンドルデモがある。
明日であるが参加する予定。
2003年3月16日(日)
試験。何とか書けたと思う。

新宿の三越デパートで片岡鶴太郎氏の個展をやっていたので、
友人と見てきた。
いい絵を描く人だと思う。
「白梅」とか「里」とか好きな絵が多くあった。
感性が豊かなんだろうね。忙しくても描けるっていうのは。
「常念岳」は山小屋で絵筆を借りて描いたとあった。
対象物に対して魂が触発されるものがあるのかしら、芸術家って。
2003年3月15日(土)
市社協主催「地域福祉フォーラム2003」に参加。
サブタイトルが「福祉実践から大和市における福祉課題の現状を考える」であった。
第1分科会「高齢者介護・在宅生活支援」
第2分科会「障害者の生活支援」
第3分科会「住民福祉活動」

全体会 各分科会からの報告
        第1分科会 (社会福祉法人敬愛会理事長 島村俊夫 氏)
        第2分科会 (大和市障害者地域作業所連絡会会長 山岸安志 氏)
        第3分科会 (かながわボランティアセンター 本間智恵子 氏) 
    まとめのコメント(横浜国際福祉専門学校 副校長 豊田宗裕 氏)
大和市保健福祉センターに於いて午後1時から5時まで。

第2分科会に参加した。ん〜、期待より下回った感じ。なんかちがうな〜。
もっと具体的に話し合う時期が来ていると思うけどね。
もっとも障害者の場合は、その障害によっても分野が別れている感じがして、
なおさら違和感があるのかも知れない。トータル的な視野からのメッセージが
ほしかった。
どの分科会にも参加してみたかったね。
2003年3月13日(木)
補助金で賄っている作業所としては、補助金頼りの経営にならざるを得ないと
いうところである。事業利益は障害を持っている仲間への賃金となる。
ご多分に漏れず、4月からの職員給与としての補助金も0.05%カットとなる。
ただでさえ、少ない給与がさらに減額されるのかと暗澹たる思いである。

我が家では稼ぎ頭が退職して、彼の給与がないところへ「車の教習所です」
「講習費用です」「学費です」と出費は増えるばかり。
やりくり上手と自負する私もさすがに緊張気味である。

作業所の行方もなんだか心許ない感じがして不安になる。
もちろん、福祉としての作業所の必要性は強く感じているので、
作業所のこれからのあり方や、経営の仕方には関心を持って考えて
いかなければならないし、実際にそうするつもりだけれど。

2月に京都の本学で受けたスクーリングは、7教科とも合格した。
大詰めに来ているので、「合格」は当たり前ではなく心からホッとする。
とにかく、1教科ずつ確実に単位を取っていかなければならない。
残りの単位がわずかなだけに、きっちりクリアしていきたい。

明日、14日は防音工事関係の工事が1日あるため、エアコンのある辺りを
片づけるのに大騒ぎであった。夜10時過ぎ、私からの号令に、
家族全員がブーイングをしながら動いてくれた。
片づけるのに一番積極的なのが息子。手際もいい。
彼は以前から、この家を片づけるには家族全員が2日間同じ日に休みを取って
やらなければ埒があかないと主張していた。とにかく物が多いので、
捨てることから始めなければどうにもならないとも。
まさに正論!

家にいて、家事をこなし、スポーツクラブなどに出かけ、お友達と食事をしたり
お茶したり、旅行に出かけたり、好きなことをして……、お金の心配もしないで……。
一度でいいからこんな生活してみたかったなぁ。
2003年3月8日(土)
行ってきました、日比谷公園へ。
「もう戦争はいらない 私たちはイラク攻撃に反対します」
のキャッチフレーズの下、野外音楽堂での集会と
日比谷公園から銀座までのパレード。
参加者は40,000人ということであった。野外音楽堂に入れきれない人の方が
多く、天気も良く暖かな日であったことも幸いしたのであろう。
鳴り物入りで踊る若い参加者達のエネルギーに元気づけられたりした。
1人の参加が大切なのだとつくづくおもう。
私ひとりくらい……と、みんなが考えて参加しなければ参加者0ということになる。
あなた、わたし……1人ひとりが「N0 WAR」の思いを行動に表すことが大切なのだ。

電車に乗るところから立ち通しで、2時から集会であったが会場に入れず
立ったまま待つこと4時間。
パレードで歩き出したのが夕方の6時近く。銀座を通って、東京駅近くの
駐車場で解散したのが、7時頃であった。
東京駅の八重洲口で、ビールを飲んだときのおいしさは、お酒が飲めて良かった
と実感させられた。
銀座に戻って「かちぁーし」という沖縄専門店のお店で飲む。
帰宅は12時50分頃。横浜駅からの最終の1本前の電車に乗ることが出来ヤレヤレ。
楽しめた1日であった。
パレードのあることを教えて下さった上司と、行動を共にして下さった方々に感謝。
2003年3月7日(金)
明日8日(土)は反戦デモに参加することが出来ることになった。
やっと、思っていたことを行動に移すことが出来うれしい。
デモに参加するのは生まれて初めて。
いろんなことを感じられるように、アンテナをたてておこう。

Kちゃんからお花が届いた。
元気にいてくれたことが分かってホッとすると同時に、花の愛らしさが
彼女らしくて、思わず立ち上がってお礼のメールをした。
ギンギアナムという蘭で薄紫の小花が可憐な花である。
忙しいのにお手紙が添えてある心遣いも彼女の優しさである。
花から伝わるKちゃんの温かい心にありがとう。

私もいつか、温かなクッションになれるよう努めていきたい。
2003年3月5日(水)
定年を後5年ほど残して35年勤めた職場を去ることにして、
昨日辞表を提出した主人。
よほど安心したのか、今朝の5時すぎには鼻歌を歌っている。
ご苦労様でした! 新しいことにチャレンジしてね。

卒論に取りかからなければならないが、それにしても2年半ほど
布団に入って眠ることは稀だった。やっとこれからは安心して眠ることが出来る。
まだ、レポートが4年生になってから配本される分が残っているので油断は
出来ないが、3回生としてはなんとかクリアしたところ。フーッ!
もう一ガンバリだ。卒論のめどを立ててから、国家試験の勉強に取りかかる予定。

職場の仲間の子どもであるH君が、歩くという。10ヶ月で歩き始めたようだ。
「はあちゃん」「せんせ」とか話すということを聞いたら、早く会いたい。
でも、今はお互いに風邪を引いているからね、会うのはしばらくオアズケ。
2003年3月2日(日)
昨日3月1日は雨。
でも、嬉しい春の便りが今年もまた届けられた。
おいしくて箸を置くことが出来ないほどの例の「イカナゴの釘煮」。
ありがとう、Eちゃん。今年もやっぱりおいしいよ〜!

きょうは晴れて暖かく風が強い。絶好の杉花粉日和であろう。
目は充血し、口腔はかゆく、上唇もかゆくて赤く腫れ上がり、
頭痛はするし、鼻腔は痛いし、そのうち歯茎まで痛くなってきた。
体はだるく、ただひたすら眠いがサボっていたレポートのつけが
回ってきていてそうもいかない。
投げ出したいのを我慢して書き、2科目完成まで後もう少しであるが……。
やるしかない、やるしかない。そう、やるしかない!
2003年2月28日(金)
2月もきょうでおしまい。
今日の朝日新聞の「天声人語」に2月は不運な月だと書いてあったが、
自分の誕生月だということもあり、そんな風に考えたことは1度もなく
お気に入りの月である。

昨日、久しぶりに職場復帰。
おまけに仲間の「歓迎会」の日で、お酒を飲む。
2次会ではめちゃくちゃおしゃべりして楽しんだ。
実習中はほとんど自分からは話さないし、たいしたこと考えてないから
思ったことなんて口に出来ないしで、「ねえ、聞いてよ」
モードになっていたらしい。

おしゃべりはとても大切だということに気付かされた。
それは、自分の考えなどを整理する働きがある。
また、他の人の話を聞いて自分の不足したところを補い、
自分の考えをまとめることもできる。

最近、おしゃべりに飢えていたんじゃないかな。
ともあれ、きょうは全く通常の気分で仕事が出来た。
2003年2月26日(水)
実習日誌を午前中に提出できず、午後までかかってしまった。
たくさんのことを学び、どれを取り上げようかと迷う時間も長く、
やっとの思いで書き上げた。
午後は久しぶりに銭湯ヘ行ってくつろぐ。

緊張が解けたとたん、花粉症の症状は重くなったようだ。
目はかゆさが増し、鼻はすっきりせず、頭は重い上に鈍痛がする。
わずかに熱も出ている様子。
花粉症はどうして忘れずにやってくるんだろう。
忘れてくれてもいいんだよ、ハ、ハ、ハックショーン、花粉症さん。
2003年2月25日(火)
実習が無事に終了。
長い期間の緊張で、本当に「お疲れ」気分。
最後の実習のまとめに8時間かけてもまだ仕上がらなかった。
頭に錆止めを流し込まなければ、回らないのではないか?

感謝の日々であった。全ての人に感謝!!!!!
有り難うございます。
さて、次のステップを目指さなければ、時間は刻々と過ぎていく。
2003年2月20日(木)
誕生日。生まれてきて生きていて良かった。
ケーキをプレゼントされる。寿司とピザとワインでお祝い。

花粉症が本格化。目のかゆみ、くしゃみ、口腔さえもかゆくなる。
明日はデイサービスの実習に行くので、なんとかくしゃみだけでも
止めておかなければ……。

23日の2科目試験勉強、なんとかしなければ!
2003年2月16日(日)
スクーリングからただいま戻りました。
最終日の今日は、早く授業が終わり、帰宅はなんと夜の9時45分に
自宅に着いてしまった。夜中と覚悟していたので、ホッとする。
とりあえずこともなく済んだ。これでスクーリングの試験が
合格であることを祈るのみ。専門科目ともなると、試験、レポートのみならず
スクーリングでも不合格者が出るらしい。
京都まで行っているんだからその辺はなんとか……と思うが
ダメなものはダメだという先生がいらっしゃるので仕方ない。
ま、大学生だからね。そのくらいは覚悟がいるっていうものかな。

卒論の為の面接も出来たし、レポートも出した。
借りたかった本も借りることが出来たし、書類の提出も済ませた。
本学の近くにいるということはやはり何かと便利。

スクーリングのない日、京都市内をミーハー見学した。
今宮神社(あぶり餅を食す)、上賀茂神社(鯖煮定食を食す)、
33間堂、清水寺、高台寺、八坂の塔、八坂神社、円山公園、知恩院、
哲学の道を通って銀閣寺、さらに法然院へ。
金閣寺は屋根の修理とのことで行かずじまい。
金閣寺、龍安寺と仁和寺は次のお楽しみ。

銀閣寺に白と紅のわび助とサザンカが咲いているだけで、すっかり
花に飢えた気分になり、花を求めて北の天満宮へ。
境内では白に紅に梅が咲き競っていて、色も香りも堪能できた。
ロウバイも何本か今が見頃に咲いていた。う〜ん、満足!
梅園は開園はしていても、2分咲きといったところであった。
その後、平野神社によったらなんと桜が4本咲いていた。
ヤッター!!! 十月桜というそうである。

念願の愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)に出かけ、境内にある
1200体の羅漢に出会う。
人はほとんどいなくて、静かに見学できた。
羅漢を彫った人に出会い、話を聞くことが出来た。
まさに「出会い」。

明日からまた実習が始まる。余すところ7日気を引き締めていこう。
こうして、向かうことに専念できるのは職場の上司や仲間、
家族の理解のお陰だと、深く感謝している。
2003年2月6日(木)
なんと、はや実習16日目。
市社協の皆さんにご迷惑をかけながら、親切にしていただいて
有り難く、もったいないほどの幸せである。
様々なことを学んでいる。
明日はまた違った課に配属され、違った角度からの実習となる。
そして、明日7日の夜は夜行バスで京都へスクーリング。
8日朝、京都に着いたら宿に荷物を置いてそのまま学校へ。16日まで。
16日は、夜中に帰宅予定。
スクーリングが終えた翌日、17日からまた実習なので、キツイ。

日程がきついためにレポート提出を1科目にした。
その分を先生との面接が決定したので卒論計画書に当てることにした。
10日は卒論指導員の先生に面接。
いよいよか……とちょっとドキドキする。

今回は京都見物が出来ると喜んだが、26日の試験に向けて
勉強しないといけないようだ。
でもまあ、京都に行ってスクーリングのない日があるって、嬉しい。
いつも目一杯のスケジュールだったからね。
やっぱり、遊びも予定に入れることにしよーっと!

職場の皆さん、ご迷惑をおかけしています。
明日は京都に行きますので、しばらく連絡できません。
よろしくお願いします。
2003年1月26日(日)
フーッ!!! まず……、とにかく試験は終えた。
こんな問題が出題されたら困るなと思っていた問題がでた。
なんか「ハハハ」と力無く心の中で笑ってしまった。

試験後、もう一度解答を考えてみたが、書いた以上の答えが
見つからない。
実力がこんなものなんだということであり、テキストの読めない自分を
再発見するにとどめておこう。

明日からまた実習の日々が始まる。
どんなことを吸収できるのか楽しみである。
全てが学習。

金曜日、思い切ってぐらついて気になっていた歯を抜いてしまった。
1本、20万円+8万円=28万円の入れ歯はいかがかと
歯科医に言われた。
1本では済まない私には手がでない。百万単位の治療費!!!!!
あ〜あ、疲れたなぁ。
肩こりがする。疲れを感じる。もう、寝ちゃおうかな〜っと!
2003年1月22日(水)
実習7日目が終えた。フーッ!
実際について下さる指導員の方々のプロ意識に刺激される毎日。
仕事に対する物の考え方が、みなさん、個性を持ちながらも
統制がとれていて気持ちよく感じられる。

指導して下さるときも分かりやすく説明して下さり、邪険にされないでいるので
ほっとする。
しかし、まだまだ続く。

高齢者のために様々な事業が展開されていることを改めて知った。
課題も多いようなので、それについても考えていきたい。
2003年1月15日(水)
昨日、14日から大和市社会福祉協議会で実習に入った。
問題意識に欠けている自分を発見。
とにかくこの実習を消化して、地域福祉のなんたるかをつかみたい。
いよいよ明日から、福祉サービスの利用者さん達との接触である。
緊張感の中にも、「やる気」が燃えている。
冷静に、観察眼をもって実習に当たれるように心がけたい。

11日から13日の連休は、私達家族にとって大きな大きな転機であった。
こうして、日常の中に決断をして人生を選び取っていくことが求められている
んだなと改めて考えさせられた。
すべてをチャンスととらえ、一人ひとりが生きやすい方向を選択して決定する。
これ、正に「福祉」だ。
2003年1月9日(木)
明日出勤したら職場休み。来週からは福祉士受験資格のための実習に入る。
誰もがこなしていることだから……とは思うものの、やはりドキドキする。
肩に力を入れすぎず、それでいて適度に緊張していることが
望まれるのかも知れない。

レポートも何とか2科目、ぎりぎりで提出することが出来た。
実習の準備、試験勉強、レポートをまた2科目作成しなければならない。
私だけでなく、みんながやっていることとはいえ、
やはり気持ちが休まらない日々はしんどい。

夕飯や洗濯は娘がやってくれるようになったので、本当に助けられている。
回りの協力あればこそ、こうして元気に好き勝手をやっていられるのだ。
本当に有り難い。

正月に1年分の疲れが取れたようで、気分だけはなんだか元気である。
体を休め、気持ちに余裕を持つことの大切さを知る。
今度の試験の1科目は「精神保健2」で、「体と心の関連」をも勉強しなければ
ならないが、実感することが多いのでもしその設題がでたら、今感じていることを
書けばいいのかも知れない。
2003年1月1日(水)
明けましておめでとうございます。
気持ちのよい年でありますように。

例年通り近所の神社に初詣。
そして、おいしい樽酒の御神酒をいただいてきた。
お節とお雑煮と御神酒で新年を祝う。

さあ、今年は卒業に向けてとにかくやるだけやってみよう!
あれもこれもと欲張らず、絞り込んで望んだものだけをみて
一つひとつクリアしていく年にしよう!

年末に書けなかった賀状を書き始めた。
来年は元旦に届けられるように賀状を用意したい。
元旦に頂く賀状はうれしいものだから。

メールで新年の挨拶を……と思ったら、ルーターやソフトの
不具合でインターネットも何も出来ない状況が起きてしまい、
元旦からプロバイダーに泣きついて直してもらった。
親切で、もの柔らかな口調の人ばかりで、気持ちも助けられた。
何も分からない人に対する対応の仕方は勉強になった。
(ソネットさんはいつ連絡してもいい感じである。)
ありがとうございます!
ソネットさんにしておいてよかったネ〜♪



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