つくしの日記
ささやかな日常を綴った日記です
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2006年
2006年12月28日(木)
仕事納め。
今年も終えたが実感がない。
干し柿や餅、味噌などを友人たちからいただいた。
先生からは渋皮ごと甘く煮た栗やきんぴらゴボウ、田作りをいただいた。
昔の上司から練り物を今年もいただいた。
皆さんありがとうございます。
今年初めてで最後の忘年会をした。
んー、様々な思いがある。
お酒を「飲み過ぎているんじゃない?」と心配されながら、結構素面な私。
ここ一ヶ月ほどから、不快感や怒りなどその場で感じることができるようになってきた。
これってきっと私にとっては必要悪というか……、大切なことなんだと思える。
きちんとこれらを私自身で対処できるようにしなければならないと肝に銘じている。
きょうおつき合いしてくださった方々に感謝である。
ありがとうございました。
2006年12月24日(日)
クリスマスイブ。
Sがケーキや様々なご馳走を作ってくれた。
みんなでおいしくいただく。
おいしくてつい食べ過ぎ、食べた後久しぶりに歩いた。
ありがとうS。
2006年12月23日(土)
暖かな日。
ミズキが遅ればせながらお宮参り。
大きくなって、声かけすると笑って喃語を話したりする。
来月で断乳して、MI本人の治療にはいるという。
それも仕方のないことであろう。
2006年12月17日(日)
昨日は外の窓ガラスを拭き終えた。
「早いわね」とご近所さんに声をかけられたが、思い立ったときにやらなければ
今年中に終わらないとの急迫観念もある。
暖かいうちにやってよかったと安堵する。
お隣さん夫婦に誘われて多摩テッククアガーデンに出かけた。
久しぶりにゆっくりと温泉に浸かり、リラックスして過ごした。
弦楽器の生演奏を思いがけなく聴いたり、クリスマスの飾り付けをあちこちで見たりして
ちょっと贅沢な気分を味わった。
こんな日を提供してくれたお隣さんご夫婦に感謝である。
2006年12月10日(日)
静かな日曜日。
とにかく寝て過ごした。
疲れのために歯茎が腫れて、歯科医もとにかく休んでくださいと宣う。
MIたちが来宅。布団から起き出して階下に降りていくと、また大きくなった
ミズキがいた。おっぱいを飲んでから、私の腕の中で寝てしまった。
ずしりと重く感じられ、頼もしいことである。
健康で元気に育つことを祈る。
2006年12月9日(土)
速い、速すぎる。
もう、師走にはいって1週間以上が過ぎた。
午前中は職場で仕事。午後から宮が瀬のツリーを見に出かけたりして過ごす。
シュンスケの成長も目覚ましい。
マニキュアの瓶のキャップを開けることを覚え、その辺に中身をこぼし、不安になって
「ババ、コレ」といって瓶を持ってきた。
押入の戸を開け、自分の興味のあるものを出して遊ぶ。大人には全てやってほしくない
いたずらになってしまう。
親として育てているときは余裕がなかったんだとつくずく思う。
いたずらの後かたづけを考えただけでうんざりした気分になったものだ。
今の親も同じだろう。
しかし、孫に対しては、その子の成長ぶりや、興味などを優先して考えるようだ。
いたずらの後片付けも、一応、こんなことをしてはいけないと言い聞かせながら、
内心では笑って、成長したんだねーと喜んでいる節がある。
こんな祖父母と、真剣に怒ったり叱ったり(たとえそれが親の感情のみであっても)する
親がいて、子どもは物事の善し悪しや、自分の居場所や、人への思いやりなどを身につけて
いくのではないかと思う。
2006年12月1日(金)
このごろ、ストレスを感じる。
以前は、何となく気分が悪いとかおもしろくないとか思っていただけであるが、
「ストレスだ」と思うようになった。
私はこう考えているから、こうなるのがあらまほしい。
しかし現実はそうならない……。
ガタガタ言うこともできず、とりあえず丸く収めておく習慣が付いている。
丸く収めはしたけれどストレスとして感じられてしまうといった具合である。
ガタガタ言えばいいのに……というアドバイスもあるが、そういうことが
性に合わないのだと思う。
外見はいつもガチャガチャとうるさく、はっきりした語尾で言ってるのにね…………。フーゥ。
2006年11月27日(月)
ミズキに会いに行った。
まだ家に帰ってから4日しかたっていないのにもう、顔がはっきりして
体も重くなっていた。すごい成長だ。
ますます楽しい日々が増えることだろう。
シュンスケを寝かせながら桃太郎の話をする。
「昔々あるところにね、おじいさんとおばあさんがいました」
「うーん」
といった具合に時々茶々をいれたのには笑えた。
なんてかわいいんだろう。
ジャンプもできるようになり得意そうに
「ねぇ、ジジ見て!」「ねぇ、ババ見て!」と注意を促す。
目はきらきらと輝き、ほんとうに生き生きした表情をしている。
こうして、小さな子供と過ごせることの幸せをしみじみと感じている。
2006年11月23日(木)
MIがミズキと一緒に帰っていった。
私の手をあまり煩わせない娘で、少し寂しい気もする。
疲れたらいつでも休みにおいで。
友人と近くの中華料理屋さんにバイキングランチを食べに行った。
おいしいのでまたおなかいっぱい食べたが……。
この調子では血糖値は下がらないだろう。あ〜あ。
柿を京都のKさん、神戸のEちゃんから送っていただき、抱えて食べている状態。
止まらない。おいしくて……。
食べ終えたら、しばらく果物は食べないようにしよう……。
昨日、SさんからMIや孫たち、私にまでステキなプレゼントをいただいた。
細やかな心遣いにいつも恐縮するばかり。ありがとうございます。
夫は夫で、昨日Nさんからお土産をいただいた上に横浜でごちそうになった
という。
こうして、様々な人と関わらせていただき、心にかけていただきながら生きていることを思う。
2006年11月22日(水)
もう少し自分に自信を持って生きていきたいものだ。
毅然とした態度も時には必要である。
特に仕事上では。
メールを読むことも、家でネット見ることもできなかった16日間。
ミズキがパソコンのある部屋で寝ていたのでちょうどよかったともいえるが。
インターネットがやっとつながった。
モデムの交換、モデムのセットアップが終了した。
いつもいつもソネットのサポートセンターに助けられている。
どの方も、とても感じよく応対してくださる。
訳のわからないおばさんに、辛抱強く優しく分かりやすく……。
なかなかできることではないといつも思う。
ありがとうございました。
2006年11月20日(月)
二ヶ月半ぶりに病院に行ったら、血液検査の結果が散々で滅入ってしまった。
運動しないまま、暴飲暴食に戻っていたのかも……。
あわてて歩き出す。
まずは朝、職場まで50分歩き始めた。
2006年11月18日(土)
ミズキ、一ヶ月になる。
頬もふっくらとしてきた。足も人の足らしくなってかわいい。
田辺聖子展を見に日本橋の三越新館へ出かけてきた。
読んでない本もたくさんあり、2冊買い求めてきた。
柔軟で前向きな生き方に共感する。
2006年11月11日(土)
職場では年賀状シーズン。
今年初めての土曜日出勤であった。
お客様は印刷したはがきを取りに来られた方一人だけ。
なんとも寂しく残念。
2006年11月5日(日)
4日(土)新宿のホテル白川郷にクラスメート4人で泊まり、止めどもなく話した。
ホテルで食事をし終えたときに、近くの花園神社で酉の市をやっていると聞き、
教えられて出かけた。
提灯がそれはそれはたくさん灯されて美しく、詣でる人は制限されながら拝殿に
参るほどの多さ。
何十年ぶりかで酉の市に出かけた。
熊手を買い、みんなで拍子木を打ってもらいおおにはしゃいだひとときであった。
5日の朝も朝とておしゃべりしながらの楽しくゆっくりとした食事。
東京駅に出てはとバスの半日コースに乗り、皇居、浅草、東京タワーに行った。
どこも本当に久しぶりであった。
友人たちがみんな「ちゃんとした大人」になっているのがうれしく、頼もしかった。
元気でまた会いたいものだ。
2006年11月1日(水)
職場に新しい非常勤職員が入ってきてくれた。
版下部門のベテランのかたで、本当にありがたい。
2006年10月28日(土)
ミズキが我が家にやってきた。
病院を出たらすぐにスーパーに寄ったり、ミズキの自宅に寄ったりしてまた病院に行き、
やっと我が家にきてくれた。
MIお疲れさま。
2006年10月26日(木)
いよいよ、MIはミズキと28日土曜日に退院できることが決まった。
よかったね、おめでとう!
ミズキはよく眠る親孝行な子である。おしゃまになってシュンスケと
よい遊び友達になるだろうか。
19日は痙攣や発熱、高血圧のため面会謝絶だと聞いてほんとうに心配した。
でも、血圧はまだ完全ではないけれど母乳も飲ませられるようになり、
退院できることになりホッとしている。
Sはよく気がついて、細々と面倒をみてくれてどれほど助かったことか。
ありがとうS。お礼を言うと当たり前のことをしているだけだから、
そんなにいわないでとか気を遣わないでといじらしいことを言う。
心から感謝しているよ、Sありがとう。
MIが実家に帰ってきてまた面倒をかけるけれどよろしくお願いね。
きょう、シュンスケは公園の滑り台の階段を上った後、前向きに降りてきて
足を踏み外して落ち、頭を怪我したということで、ホッチキスで傷口を止められていた。
こちらの予想もしないことをするので、驚かされ、ヒヤヒヤすることが度々である。
生き生きとした表情で、自慢げにあるいは興味深げに様々な行動をする姿は、
生まれたてのミズキ同様、全く見飽くことのないかわいさである。
2006年10月22日(日)
昨日から森田汐生先生の「アサーティブネス」の研修を受けた。
以前に受講して是非また受けたいと思い参加したが、予想通り気持ちのいい
研修であった。ありがとうございました。
「誠実に」「率直に」「対等に」「自己責任において」相手の権利を尊重しながらも
自分の権利をきちんと主張できるようになるためには……という研修である。
卑屈になるのでも、居丈高になるのでもなく、自分の状況を整理して話すことで
相手に理解してもらい、いい人間関係を築いていくのは簡単なようで難しい。
けれども、自分を大切にしようという気持ちを持つことから始めたい。
私自身にとって何が大切なのだろうか。自分の力量も知っておかなければ。
私には人間として尊ばれる権利がある!
今年も様々なおくりものをいただいた。ありがとうございます。備忘録として記しておく。
やえちゃんからナイアガラというぶどう。あの芳香は忘れがたく、とても自慢である。
たくさんいただくので自慢が高じてお裾分けをし、今ではファンが増えている。
あっちゃんからはピオーネ。これは甘くてぷりぷり!家中好きなのでみんなでいただいた。
るりちゃんからは大きな大きな庄内梨。みずみずしくてあまーい。これも家中好きなので
みんなでいただいた。
先生からはあけびとゆで栗(渋皮ごと甘く煮てある)などをいただく。
あーあ、あけびはたくさんいただいたのを一人で2日間のうちに食べきってしまった。
夢にまで見るあけび……。ゆで栗は娘が退院してきたら解凍してみんなで食べる予定。
なみちゃんからは何度も何度も様々なお手製のケーキやプリンをいただいた。
これが何ともおいしくて、家中でお店に出したらいいのにねとか、ネットで販売したら
いいんじゃないのとかワイワイ言っている。
たっちゃんからはおいしいお酒をいただいた。ムフフフ。
かずちゃんからは紀州のお土産をいただいた。シュンスケのおにぎりにも重宝した。
そのほか、様々な人からいろんなものをいただいて……。感謝である。
ものをいただくことそのものではなく、気にかけていただくことがありがたい。
一緒に生きていきましょうと応援してもらうことがうれしい。
2006年10月18日(水)
MIおめでとう!がんばったね。
帝王切開で無事に女児出産。19時20分。3085g、48.5cm。
元気でかわいい子である。
パパは「パパと呼ばせるんです」と愛おしそうに、見つめながらだっこしていた。
MIは麻酔のためか、血圧上昇のためか、痛みのためか苦しそうにして話せる状態ではなく、
安静にするためにみなさんはお帰りくださいとのことだったので帰ってきた。
MI、お疲れさま。ゆっくり休んで元気になってね。
3ヶ月近く入院してただただ安静にしていたんだから、体力が落ちてこれからも大変かもしれない
けれど、少しずつ元の元気になるように体を慣らしていけばいいよ。
MA、S、シュンスケありがとう。
とくにSはよくやってくれたね。疲れたでしょう。ほんとうにありがとう!
職場のみなさんにも、バタバタしてお騒がせしました。
2006年10月17日(火)
朝からMIは促進剤を使って陣痛を起こしたが、なかなか産まれず
まずは一休みして明日また促進剤を使ってみるとのことである。
血圧が上昇するため、体がきつくなる上に痛みがひどくなり体力が続かないということで
もしかしたら帝王切開になるとのことであった。
もとより予想内のことである。
2006年10月8日(日)
神奈川県社会福祉会館へ。
共作連の催しで「共働事業所」「社会的事業所」についての講演があった。
そこで精神保健福祉士の受験資格を得るために実習した先の所長に会えた。
「作業所」に向き合う姿勢が素晴らしい。
うちの作業所の所長などの話を聞いても、やはり自分は足元にも及ばず、
所詮「雇われもの」といった感じは否めないように思う。
意気込みが違うのではないかと思う。
2006年10月7日(土)
昨日の天気が嘘のように、真っ青に晴れ上がった空。
ロンの墓参りにシュンスケを連れて出かけてきた。
鳥の声がスピーカーから流れてきて、風が気持ちよく林の木々を揺らしていた。
2時に桜木町駅で友人夫婦と待ち合わせして、赤煉瓦倉庫で催されている
「星野富弘」さんの詩画を見に誘ってもらった。
死線を越え、様々な葛藤から生まれた、強くて、優しい、賢者の103点の作品。
見終えてから隣で催されていた「ドイツ展」でビールを飲み、「うまい!」といいながら
写真を写してもらった。
豆腐会席「梅の花」で誕生祝いをしてもらう。
お店では誕生日の席ということで、お祝いや飲み物サービスや記念写真まで撮ってくださり、
思いがけないサービスに一層素敵な夜になった。
気のおけない友人との語らいは楽しくあっという間に時間が経つのであった。
ありがとうございました。
2006年10月6日(金)
台風と秋雨前線の影響とかですごい吹き降りであった。
赤い羽根共同募金は延期となり、メンバーさんたちにも午後から帰宅してもらった。
HPの更新ができると喜んだのもつかの間。ぬか喜びであった。
ソフトが使えたので安心していたが、実際にはHP上には反映されずもとのまま。
ソフト会社にも尋ねてみたけれど……。
あ〜あ、いつ解決するんだろう。
シュンスケの好奇心と動きの活発さには目を見張る。
何でもやって見たがっているシュンスケに対し、何でもやらせてみたい誘惑に駆られる。
2006年10月5日(木)
今夜やっとHPの更新が可能となった。
ハァー、ヤッター!!!!!
わかってみれば何のことはない。バージョンの古いFTPソフトを使って開いていたために、
登録番号があわず、うまく作動しなかっただけのようであった。
1月以上悩んでいたのは何だったのかな……。ま、できたんだからいっか。
さーてと、今度の連休にはHPの更新をしなければ。
2006年10月1日(日)
飼い主孝行のロンは、土曜日の夜に逝き日曜日に斎場へいくことになった。
猫たちがいるので、ロンを病院に一晩預かってもらい、今朝連れて帰ってきた。
家でお線香をあげ、お隣さんご夫婦や家族に最後の別れをした。
お隣さんはきれいな花束を棺に入れて送ってくださった。ありがとうございました。
斎場ではきれいな花束を2束、お棺に添えてくださり花に埋もれたロンが永の眠りについていた。
私たちは花を1本ずつお棺に入れさせていただき、最後の別れをした。
お疲れさま、ロン。安らかに……。
2006年9月30日(土)
夕方、ロンは散歩から帰ってきたら鮮血がしたたるほどになっていた。
いつものように薬を塗ったりして包帯したが、そのそばからしたたるほど出血する。
食事はゆっくりながらもいつも通りみんな平らげた。
かかりつけの病院は時間外であったので、急遽、時々見てもらっている病院へ。
運良く病院長がおられ、出血死を待つより一か八か手術しましょうと言うことになり
お願いした。
8時半頃から全身麻酔が始まった。
10時頃に、摘出した腫瘍を両手に抱えて持ってこられた院長先生から「心臓が止まりました」
と伝えられた。
その腫瘍の大きさは両手に余るほどであった。外に出ている部分より、中に食い込むようにして
張り出したそれは、気管支を圧迫して近いうちに死を迎えるだろうと想像するのに難くないものであった。
覚悟していたにもかかわらず死なすための手術だったのかと考えたりもした。
苦しむロンを仕事のために介抱できずに看取るよりずっとよかったと自分に言い聞かせてみたり……。
ともあれ、「麻酔中の死で苦しまずに逝けましたよ」と仰った院長先生の言葉によりかかることにしたい。
かわいい犬用の段ボールの棺に横たわったロンは、さっき食事をしてからまだ何時間も経っていないのに、
暖かい体をしてはいるもののすでに息絶えているのであった。
ロン、我が家にきてあなたは幸せだったのだろうか?
私たちは幸せだったからそれに免じて許してね。
ありがとう、ロン。さようなら、ロン。
2006年9月29日(金)
薬がなくなったのでロンをかかりつけの医師のところに連れて行く。
こてつの足も見てもらった。
朝、開院より30分早かったためか、ロンの薬1週間分だけで8,500円也。
領収書もなし。
きついねー。
2006年9月19日(火)
ロンをかかりつけの医師のところに連れて行く。
やはり手の打ちようがないらしい。
なんともつらい。
2006年9月17日(日)
グランドホテルで還暦のお祝いをした。MIも病院から駆けつけてくれた。
今日のために用意したエンジ色のジャケットがよく似合っていたよ。
シャツやビアグラスをいただいて、主人はご機嫌そうであった。
2006年9月16日(土)
還暦の誕生日おめでとう。
今までお疲れさま。
新しい気分で、目的意識を持ちながら一緒に生きていきましょう。
2006年9月14日(木)
障害者自立支援法に対して、作業所は今後どうすべきかという
研修があり、神奈川県社会福祉会館へ同僚と出かけた。
結果的には体制には逆らえなくなるであろう的な話と理解した。
対処方法をきちんと見据えて用意しながら、自分たちの望む方向性を
行政に訴えていかなければならないという話であったと理解しているが
どうなんだろう。
2006年9月10日(日)
7日、10時過ぎに帯広に降り立った。
レンタカーを予約してあったのでそのまま車で観光に。
途中、雄大な北海道を実感しながら雨の阿寒湖へ。
急いで摩周湖に向かったら、そこは目前も見えないほどの「霧の摩周湖」。
足下がやっと見えるほどの濃い霧のため写真を写してすぐに屈斜路湖へ。
摩周湖から降りてくるともう霧はなく、屈斜路湖の砂湯で少し休憩。
車を返却する時間が気になって、そそくさと帰ったが、400キロを走り通した
主人はエライ!
思ったより早い時間に帰り着いたので、帯広駅の近く居酒屋へ。
豚丼などを注文したりして心地よく飲む。
駅に行って、8日の集合場所を確認したり写真を撮ったりした。
8日、仏教大学社会福祉士会のみんなと会ってバスに乗りこむ。
初めてお会いする人ばかりである。
それでもすぐにみんなと和んで和気藹々と自己紹介などして過ごす。
楽しみにしていた襟裳岬見学は天皇両陛下の日程と重なり、中止になったが
なんとその天皇両陛下が手を振りながら私たちの目の前を通っていかれた。
美しく品格漂う皇后は少しお疲れのように見受けられた。
広々とした十勝平野を眺めながら進む道路を鹿の集団が横切ったり、
牛や馬のいる牧歌的な風景を楽しみながら研修先である浦河町の「べてるの家」に向かった。
期待通りの研修ができ満足であった。
「運営」ではなく「経営」を念頭に置かなければと改めて考えたことである。
何かを始めなければ……。
夜は十勝川温泉でにぎやかに過ごした。
温泉もいい温泉であった。湯が出るときは透明であるが、空気に触れると茶色く濁る温泉である。
9日は牧場見学と中札内の美術村に寄った。その後、池田町のワイン工場に行き食事。
帯広駅に戻って解散となった。
六花亭の本店に行き、サクサクパイを食べて、富良野行きのバスに乗った。
富良野のホテルで土産や衣服を宅配便で家に送った。宅配便は助かる。
翌日10日、朝早く富良野駅に行き、またレンタカーで麓郷へ。
若いお嬢さんが麓郷に行きたいがバスの時間などが合わず困っている様子だったので、
一緒に乗せてちょっと楽しい旅になった。
麓郷でお嬢さんと別れ、一路美瑛へ。お花畑が見事であった。
また、富良野や美瑛では帯広とは違った雄大さを見ることができた。
そのまま、旭川に向かいラーメンを食べる。ラーメン屋さんから車で5分という近さに
旭山動物園があるが、日曜日ということもあり動物園はパスした。
主人の先輩が待つ札幌へ急ぐ。この日も350キロくらい走った主人はエライ!
時計台や大通公園を見ながら、駅近くのカニを食べさせてくれるお店に案内され、
もうだめ!というほどごちそうになった。
おいしい上に、気持ちのよいお店であった。
名残を惜しみながら札幌で先輩と別れ、機上の人となり11時半頃には帰宅した。
あわただしい旅であったが、「人との出会い」の大切さ、ありがたさを実感できた。
あなた、お疲れさまでした。ありがとう。
2006年9月6日(水)
ロン、さらに出血。
11日まで待てないのでまた病院へ。
今度は医師が集まって相談した結果手術は難しいので、とにかくこのままの状態で
化膿止めと止血剤を飲ませるしかないと……。
そして、呼吸困難になるのを待つということになるらしい……。
ロン、ロン、ロン……。
とにかく、明日は5時半の電車に乗って羽田に向かい、北海道に行かなければ
ならない。
何の支度もできていないので、今からあれこれ用意をしなければ。
ロンの面倒はSがみてくれるという。
どれほどの感謝かしれない。ほんとうにありがとうS。
「家族なんだから当然でしょ」といってくれた。
病院に預ける覚悟だったので、本当に安心した。知らないところに預けるのは
ロンのストレスが増えて、病院といえども状態が心配であった。
2006年9月5日(火)
もう9月。月日の経つ早さに驚かされる。
何をぼーっとして過ごしているのだろう。
3日の日曜日にロンの腫瘍から体液が血液とともに出始めた。
あわてて病院に行った。
医師が11日に手術をしてくれるということになった。
ロンの死を覚悟の手術となる……。
8月31日木曜日にパソコンが立ち上がる途中で止まってしまい、
どうにも立ち上がらず、PCデポに運び入れたが埒があかない。
9月1日の夜も8時頃、知り合いの商社の技術マンに電話をかけてすがった。
何とかみてくれると言うことになったので一安心。
しかし、回復したのはきょうである。
初期化したので、様々な設定が消えたりして四苦八苦している。
HPの更新ができない。
う〜ん、もういやんなっちゃう。ぶー。
2006年8月27日(日)
MIが昼間初めて帰宅を許されたという。
彼女の家に電話をしたら疲れ切っている様子であるのが気になった。
病院に戻ってから来たメールによると、家に帰ってバタバタと動き回って疲れたけれど、
その後少し休んだので楽になったとのことであった。
家はやはりリラックスできるのか、病院に戻って夕方の血圧測定ではいつもより気持ち低めであったとのこと。
とりあえずホッとする。
シュンスケが朝ぐずること2日目。昨日も今日もジジ、ババはだめでおとうさん、おかあさんがいいという。
どうしたのかな。
今朝はジジとババで車に乗せて連れ出したら、ご機嫌になり眠ってしまった。
大和市内を横断縦断し、東西南北走ってきた。
シュンスケは帰宅後も眠り続け、4時間近く眠った。
昨日、今日と天満宮のお祭りであり若夫婦家族は二日間楽しんだようである。
私たちは朝のドライブ以外は家でのんびりと過ごす。
どれだけ居間でゴロゴロしていても疲れがとれないので、3時半過ぎから布団の中で寝た。
7時まで寝て起こされたが、疲れが残っているのを感じる。
目の疲れも半端ではなく、朝など痛む目をやっと開ける。
こんなに休んでいるのに疲れがとれないのは糖尿病のせいかな。加齢のせいかな……。あーぁ、ヤダヤダ。
2006年8月26日(土)
ぐらぐらしているのですぐに抜けますよ。と言われていたが、いざ抜歯という段になったら
なかなか抜けず、麻酔も1本では効かない状態であった。
メスで切ったりして何とか抜歯することが出来た。緊張のあまり、冷房の効いている治療室で汗だくであった。
今日も副院長の手荒さを感じながら治療を受けていた。
1日、ひたすら安静につとめた。2時間半もの間止血するのに気を遣ってかみしめ続けた。
疲れを感じている。
2006年8月19日(土)
痛みが引かないために再び歯科医院へいった。
今日の先生は副院長で女医さんだが、ちょっと手荒い感じ。
来週抜歯することになった。
とうとう……か。
18日に実家へ帰るつもりが歯痛のためにおじゃんになってしまった。
もう、無理はしたくないので仕方がない。
母に会うだけなら、電車で帰れば4、5時間だ。
いつか土日にでも帰ってこよう。
2006年8月17日(木)
歯科医院へ。とにかく治療してもらうが痛みも腫れも引かない。
明日1日待って痛みが引かなければ土曜日にもう一度いってみなければならないだろう。
2006年8月16日(水)
12日から夏休みであったが、とにかく忙しくすっかり疲れてしまった。
今日は1日歯痛のためなんだかんだと動きながらもなるべく体を休めることに気を遣った。
けれども左の目の下から頬にかけて腫れ上がり痛みは増すばかりである。
明日は病院に行かなければ。
13日朝4時半にロンを連れて車で義父宅に向かう。
7時半過ぎ着。そのまま布団干しやお掃除に取りかかる。その合間に義父たちの食事。
姪も昼前に来て掃除を手伝ってくれた。
昼食は姪たちやその子どもの分も作ったが、そうめんで軽く済ます。
引き続き、お掃除と庭の草を取ったり木を切ったり。
汗だく、フラフラになりながら夕方まで掃除や庭の草取りをし、
姪たちの両親の墓参りに出かけた。
夕食を作ろうにも、台所用品が間に合わず大人数の料理には時間がかかる。
疲れてどうにもならない身体をもてあまし、外食することに。
なんだかんだと時間を取られ、出かけるのが遅れ帰宅も遅れた。
台所を片づけたりして寝たのがまた夜遅く……。昨夜は2時間しか寝ていないので
疲れはピークだが、すぐ眠るのが特技なのに何だか珍しく眠れなかった。
虫に刺されたところも痛みとしびれがある。
14日は朝7時半にはきなこ餅をお隣からいただいた。朝食にして、布団を干したり
洗濯物を干したり、そのままお掃除。昨日に引き続き食器なども漂白したり洗ったり……。
義父と主人は新盆に呼ばれていき、11時頃には帰宅した。
お客が2人10時頃に来られて仏壇にお線香をあげて帰られ、4人11時半頃に来られて、1時近くに帰られた。
家族分だけの昼食を用意して、すぐにまたお掃除の続き。
3時頃にMAたちが来た。
シュンスケを連れてお使いにいったり、片づけの続きをしたり……。
すぐに食べられるようなお寿司なども買い込んできた。
夕食を作るつもりであったがトイレ掃除に手間取っている間にSが慣れない台所で
ちょっとしたおかずなどを作ってくれた。S、ありがとう。助かったよ。
12時半過ぎに寝て、3時過ぎには起きて4時頃にみんなで帰宅の途につき、6時半には
帰宅した。道路が空いていたので助かった。
帰宅して、掃除機をかけたり洗濯をしたりとバタバタと過ごす。
本当に疲れているのに、休めない感じ。なんだろう?
2006年8月11日(金)
MIは出産まで入院することになったとのこと。
退院したがっていたがやむを得ない。血圧測定恐怖症のようになっている。
退院は諦めたと言いながら、入院拒否症になっているように感じられる。
居間まで健康だったから初めての入院だしね、無理もないね。
おまけに赤ちゃんの声が聞こえる産科の病室なので、ああ、みんな元気に出産してるのになぁ。と
思うのは当たり前だよね。
あなたと赤ちゃんのために、生まれてくるまでの辛抱だからね。がんばれ!MI。
2006年8月4日(金)
MIの見舞いにいけずじまい。
職場のメンバーと仕事を終えてから話す。また、外食。
メンバーとの話の流れでカラオケに行くことになった。
楽しんでいる様子なので、まず安心。
んー、それにしてもなんだかむなしさを消しきれない。
満たされないものが残っている。未熟者の私。
2006年8月2日(水)
MIの病室で1時間半ほどおしゃべり。安静が必要なのにうかつであった。
彼女の血圧はたちまち上がってしまった。家族からひんしゅくをかう。
申し訳ないことであった。
Sが毎日見舞いに出かけてくれているようでありがたい。
洗濯物を持ち帰って洗ってくれている。MIも感謝している。
S、ほんとうにありがとう。よく気付いてくれるね。
主人の友人と3人で飲んだ。呼ばれてから2時間近く経ってから合流したので
こちらでは「遅い」といわれてしまった。
またまた飲んで食べた。自己管理はどうした?
疲れ切っているのか、毎夜ゴロゴログデグデしてしまう。
メールの返事や電話に出たり電話をかけたりするのも億劫で仕方がない。
職場に出かけるのさえ、時間に追われるようにして出かける始末。
本も読まず、新聞もいい加減にしか読まない。テレビも好きなサスペンスでさえ
楽しんでちゃんとみることが少ない。
何が楽しくて生きているんだろうといった生活態度のこのごろ。
ま、シュンスケを見ているだけでも気持ちは安らぐことは事実ではあるが。
考えることを止めない。頭を使う。体も使う。
自分の身体と心を労ることを忘れないでおこう。
2006年7月31日(月)
MIが高血圧のため入院。現在は妊娠中毒症とは言わないらしい。
高血圧をあまり重大に考えていなかった節がある。
とにかく覚悟を決めて養生してほしい。
痛むわけでなし体がだるいわけでもなしで、感じる症状となって現れないために
どうしても動ごいてもいいのではないかと思ってしまうらしい。
もうすでに家に帰りたいと泣き言を言っている。
糖尿病の検診日。
血糖値よし、ヘモグロビンA1C値も下がってきた。
尿酸値も下がり、体重も最初に比べると5kg減少。
とはいえ、体重以外は1ヶ月前の数値。今日も採血したが、今日の数値を知りたい。
6月、7月とほとんど運動していないので、数値が上昇していないか心配である。
いやきっと上昇しているんではないかな……。
運動していないだけではなく、お酒を飲んだり外食したりして楽しんだから
つけが回ってきていることだろう。ハァーア。
2006年7月30日(日)
阿波踊り30周年ということで、一昨夜から3日間連続でお祭りである。
昨日29日は友人のお店に手伝い兼飲みにでかけた若家族。
夜の8時頃に私たちも出かけて阿波踊りを見る阿呆になってきた。
ついでにシュンスケを連れて阿波踊りを見てから帰ってお風呂に入り一緒に眠った。
きょうは家族5人でお寿司を食べに出かけた。MAからごちそうになる。ご馳走様。
シュンスケも喜んで刺身を食べる。
寿司屋の前にベビー服など売っている店があったので新幹線のおもちゃを買った。
それで遊んでいるシュンスケを成長したなという思いで見ていた。
2006年7月24日(月)
久しぶりに歩いて帰ろうとした帰宅途中、急にクラクラとめまいがして何かに捕まらないと立っていられなくなり、
あることがおぼつかなくなった。
電話をかけて家族に迎えを頼んだが、友人宅に寄ってニガウリとケーキをいただきその足で病院へ。
血液検査、CTスキャン、点滴をした。点滴をしている間に検査結果が出て、問題ないようだということで
帰宅した。CTスキャンは初めての経験。
とりあえず、元気になって帰宅した。
2006年7月22日(土)
朝、10時半に大和駅で待ち合わせし、先生とTちゃんに会った。
約束通りTちゃんが東京から来てくれたのである。
お二人とも相変わらず細くて美しい。
雨が降っていなかったので、車で宮が瀬に案内した。
先生から宮が瀬ダムの放流が見られるところに案内してもらい、初めて行ってみた。
いいところで是非また友人たちと行きたいものだ。
服部牧場でソフトクリームをおいしくをいただき、帰宅してSから紅茶を入れてもらった。
シュンスケはなぜか調子に乗っているように見えるほどお二人になじんでいた。
アンを枕に寝転がるシュンスケなどをお見せすることが出来た。
Sから駅前まで車で送ってもらい三人で今度は飲むことにした。
先生からはまた新鮮で美味しいトマトやオクラをいただいた。ありがとうございます。
ほんとうに楽しく、なんの屈託もなく食べたり飲んだりと時の経つのを忘れた。
けれども……ぺらぺらと一人ではしゃいでしゃべり、ちょっと自己嫌悪。
2006年7月21日(金)
Hさんが結婚され、奥様に初めてお会いした。
華奢な身体で、きりっとしたチャーミングな人であった。
今回はうるさい場所でお会いしたので、ゆっくりとお話しすることが出来なかったが、
いつか静かなところでゆっくりとお話ししたい。
あちこちで豪雨のための被害が続出している。
テレビに映し出される映像はその悲惨さを物語る。
家の近くのアパートで男の方が変死されていたということであった。
2006年7月17日(月)
三連休が終えた。
思いっきりのんびりした。昼寝をしたり、シュンスケと遊んだり、犬の散歩をゆっくりとしたり。
Yさんからいただいた三輪手延べそうめんの美味しいこと。三日間続けてお昼に食べた。
Mからもらった大葉と、家が建っている空いたスペースにミョウガが食べ頃となっていたので摘んで入れたり、
先生からいただいた美味しいトマト(ピーマン、オクラ、トウモロコシもいただいたがどれも新鮮で美味しい)
をふんだんに使ってサラダにしたり……。夏を楽しんだ。
14日、15日と37度を記録した地方もあったため、熱中症で亡くなられた方が5人との報道があった。
また、水の事故もあった。これらは防ぐことの出来るものであろうから何とかして防ぎたいものである。
Eさんから桃が届いた。おいしい!ありがとうございます。
我が家のプランターのトマトやなすも結構食べた。トマトは昨日Mのところに4個届けた。
味は昔のトマトの味である。酸っぱくて少し青臭い。それなりには美味しいと言える。
この間Sがこのトマトを使ってパスタを作ってくれた。ケチャップを使わず、さっぱりとしたおいしさで
イケルネなどといいながら食べた。
2006年7月9日(日)
やっと実現した。兄夫婦との美ヶ原高原の王ヶ頭ホテル宿泊。
昨日8日は渋御殿湯につかり手足を伸ばした。信玄の隠れ湯とかで私たち一行だけの
贅沢な湯浴み。硫黄が白く沈殿している冷たい温泉と、透明な温泉があり、
あちらに入ったり、こちらに入ったりと一人でのんびりと身体を伸ばした。
小豆大のお尻を持った大きな蟻がいっぴき冷たいほうの湯船の縁に遊びに来ていたので、
温泉をかけてやったら慌てて壁をよじ登っていった。湯治に来たわけではなかったらしい。
義姉は湯に入らないからと返金してもらうというハプニングあり。
横谷温泉から横谷峡谷の乙女滝を見学。道を尋ねたら答えてくださった方が、「たくさんの滝があるけれど
ここからは結構時間がかかるし、すぐそこの乙女滝が一番見栄えがします」と教えてくださったので、乙女滝だけ
みて帰ることにした。滝好きな私としては大満足の乙女滝であった。
そのまま登って白樺湖を通って霧ヶ峰高原へ。ニッコウキスゲは咲き始めであったがそれでも見ることができて
よかった。満開になったら本当に見事だろうと想像できた。ソフトクリームの美味しかったこと。
美ヶ原高原の山本小屋に3時半ごろつき、しばらくする内に迎えのバスが来たので乗り込んだ。
懐かしい王ヶ頭ホテルに着いたがあいにくの雨に見舞われた。
傘を借りて近くを散歩することにした。レンゲツツジがきれいに咲いていたので義姉と散歩にでて
よかったねと言っていた矢先、ざーっと雨足が強くなり引き返すことに。と、そこに王ヶ頭のバスが来て
止まり、「どうぞ乗ってください」というではないか。「いいえ、私たちはホテルに帰るのですから」というと
迎えに来たのだという。散歩にでていた他の方と一緒にバスに乗せていただいてホテルに戻ったが、その気配りには
敬服である。どのシーンにおいても、どのスタッフもキビキビと気持ちのいい応対をしてくださり、
これがサービスだと思わせられるホテルである。感謝。
雨のため、星と夜景見学が中止となったが、霧が濃くなったことで模擬ブロッケン現象を体験できた。
ホテルの前で霧に向けた光源の前に立ち、自分の頭に虹が立っているのを見たのである。
両手で頭の上に輪を作ると後光が差したようになり、私たちはそれぞれに自分が観音様になった気分を味わった。
今朝は朝焼けも日の出も深い霧の中で見ることができずじまいであった。またレンゲツツジ見学の予定も霧で中止となった。
兄夫婦に王ヶ頭ホテルが360度山々に囲まれていること、そして朝焼けと日の出がいかに美しいかということ、
などを見てもらいたかったが残念なことであった。しかし今度は2年後の秋にまた行くことにして、楽しみを
先に延ばした。
帰りに忍野に寄ったが雨で富士山さえ見えず残念であった。
夕方4時半には帰宅し明るい内に帰宅できたのがせめもの救いか。
600キロ近く、一人で運転してくれた主人に感謝。ありがとう。お疲れさま。
2006年7月7日(金)
Hさん、ご結婚おめでとうございます。
んー、いいですね。おめでたいことはいいですね。
Tさんに早くお会いしたいです。
2006年7月6日(木)
Eちゃんおめでとう!実技合格よかったね。
合格するって分かっていても、やっぱりうれしいよねー。
梅干しを天日に干すこと数時間。雨がぱらついてしまったので、半日で家の中に入れた。
でも、大丈夫じゃないかと信じて、梅酢の中に戻した。うまくいくといいけどな。
2006年7月4日(火)
漬けた梅干しにかびがでてしまい、どうしよう!
規定の量の半分しか塩をしなかったのがかびの原因と思われる。
そうだ、ネットで調べてみようとさっそく検索。
あった、あった。助かったー。
なんとネットの世界は便利なんだろう。ほんとうにありがたい。
ホワイトリカーを買い込んで梅を洗い、梅酢を煮込んで浮いた灰汁を取り除いた。
明日はこの梅を天日に干すのだが晴れるだろうか?
2006年7月2日(日)
昨夜から今朝6時までかかって、ずーっと取りかかりながらなかなか仕上がらない
HPの更新をし終えた。久しぶりの徹夜。
9時に久しぶりに知多市のMちゃんから電話ということで起きた。
ここち湯へシュンスケを連れて出かけた。
彼はよく遊んで、温泉慣れしている感じ。
何よりも楽なのは、頭からシャワーをかけても、顔面にシャワーをかけても
「エヘヘヘ」「フフフ」と笑っていることだ。毎日の入浴で慣れているからなのだが
やっぱりシュンスケは「えらい!」
Sも一緒だったので、交代で塩サウナに入ったりして楽しんだ。
ロンも洗ってやることが出来た。
昨日の午前中にこてつの足を見てもらったが特に異常はないとのこと。
でもあの歩き方は痛みがあるのだ。
2006年6月29日(木)
昨夜お会いしたSさんがあるむを見学されて行かれた。
「社会的事業所」として発展させているSさんの事業所から見れば、
あるむはどこにでもある「作業所」だと思われるだろう。
Eさん、実習研修3日目。頑張っていることだろう。
あなたなら何の心配もいらないから、とにかく自信を持ってくださいね。
2006年6月29日(木)
昨夜お会いしたSさんがあるむを見学されて行かれた。
「社会的事業所」として発展させているSさんの事業所から見れば、
あるむはどこにでもある「作業所」だと思われるだろう。
それでもあるむは独自性を持ってやっているといえるだろう。
2006年6月28日(水)
滋賀県の共同連のSさんが来られ、夜一緒にかっぱで飲んだ。
「共に働く」ということについて様々な意味で刺激になった。
まず、作業所内でいろいろともっと話し合う必要があると感じた。
あるむでは、通所しているみんなの「賃金」が「給料」といえるようになること
は理想としてある。またその反面障害を問わずあるむで働きたいという人を受け入れている。
毎日通所出来る人や仕事の技術を短期間で向上させ得る人だけではなく、誰をも受け入れている
という自負がある。
そんな中で、それぞれの収入が伸びていけるような作業所でありたいと私は考える。
初めてお会いした方から、もっと目的意識を持つようにと助言された。
助言はとても嬉しかった。
自分にも幾ばくかの「力」があるだろうか?
2006年6月26日(月)
病院に行った。しびれは血糖値が下がってくる時に一時的に出る神経症状であろうと
いうことだったので安心した。
そう聞いたら、気にならなくなったから不思議。
2006年6月25日(日)
休んだら少し元気になったような気がしたので、家の廻りを片づけた。
草を抜いたり、いらない植木鉢やバケツを片づけいつでも燃えるゴミに出せるようにした。
すごい量のゴミで、こんなに必要のないものを長いこと置いていたかと驚く。
生ゴミ処理機を買おうと検討中である。買うのが楽しみで、あちこちのお店やメーカーを
当たってみてから……と考えている。
2006年6月23日(金)
足と手に、正座をした後にしびれるあのビリビリした感じがある。
ほっぺやあごにもあり、何ともイヤな感じ。
おまけにやけに体がだるく感じられる。
血糖値が上がっているように思う。入院とかにならなければいいが。
先週は夜半過ぎまで仕事をする日が多く、今週は上司の留守を守って……
病院に行く時間を作らずじまいであったので、来週早々にいかなければ。
HPを作っていると何とも気分の悪い思いもするものだ。
「人気がある証拠です」と言われたことがあるので、そうなのかなと思うことにしている。
どんなHPにしたいのかをしっかりと押さえて運営しないと振り回されるとも言われた。
毅然としていたい。魑魅魍魎の住むネットの世界、こころしなくては。
家族はパソコンに向かう私に
「また遊んでんの?そんなことしてないで疲れてるんだから早く寝なよ」という。
気遣ってのことばと承知しているがこう言われるのはちょっと悲しい。
2006年6月21日(水)
休暇を取って9泊10日間沖縄に行っている上司からいたずら電話あり。
「○○さんいますか?」
「いいえ、今はお休みしています。」
「あなたのお名前は何というのですか?」
「はい、□□といいます。」
「ああ、あなたが□□さんなのですか。」
「え?えええ?」ここで初めて気付いた間抜けな私。
「あははははは、ははははは」
とすっかりだまされた。
ブログなるものを始めてみた。
こてつのことをもっと書いておきたくなったから。
我が家の猫と犬について書き、つくしの日記とは区別したい。
2006年6月18日(日)
ごろごろと眠さをこらえながら過ごす。
いっそ眠った方がいいのになぜか居間でゴロゴロ。
そうこうしているうちに、夜の8時頃になり雨が止んだので蛍を見に行くことにした。
一人で出かけようとしたところに職場のメンバーから暇しているとメールが入り、
一緒に出かけることに。
ついでにと他のメンバーも誘い4人で相模原の道保川公園へ出かけた。
今年も会えたね、ほたるさん。
雨が降ったせいか、時期が遅いせいか「群舞」というわけにはいかなかった。
「群舞」しているところをみんなに見せてやりたかったなぁ。
父の日。私からは義父に電話をかけずじまい。
元気でいてくれてありがとう、お義父さん!
主人は娘夫婦からTシャツと泡盛を、息子夫婦からはお酒をいただいてご満悦であった。
2006年6月17日(土)
大和シティライオンズクラブの主催で「爆笑劇場」が開催された。
それに招待されて生涯学習センタ−へ友人2人と出かけた。
林家たい平がトリをつとめたがおもしろい!
話がうまいとはこういうことをいうのだといったかんじで笑った。
帰りは雨になり、食事をして久しぶりにカラオケに行ったが、これが散々であった。
曲が流れても歌えないのだ。曲を忘れている。
歌詞がパネルに出てきても、演奏が流れてきても「……」状態。
3人揃って同じような状態で、やっと歌えるようになったと思ったら時間に切れになった。
カラオケは何年ぶりだろうかと笑い合った。
梅干し漬けをした。
2006年6月12日(月)
昨日11日から義父と3人で伊豆下田温泉へ。
昨日は海岸線を走って下田についた。
あいにくの雨で、下田公園散策は諦めて早々に下田シーサイドホテルに入った。
途中、城ヶ崎に寄ったのだがやはり雨のため車から降りての見物は止めて食事どころに入った。
入ったところは「おそば膳」というお店。
出張そば打ちをしてくださるお店だとか。すごいアイデアである。
店主の飯田さん自らお店に出て料理を運んだりしておられた。
とても気持ちのいいお店である。お店の人たちも展示してある食器も、出される料理はもちろん
湯飲み茶碗や急須、茶托(布製)、テーブルクロスや絨毯、額に至るまで神経が行き届いているのが
わかるのである。
そば焼き味噌とわらび餅(わらびの根っこから作っているとのこと)も絶品。
久しぶりに、また行きたいと思ったお店。
http://www2.wbs.ne.jp/~tedukuri/
知っている人は知っているんだー。なんか自分だけ知らなかったような気分になった。
お店にさりげなく開いて置いてある雑誌(クラブ・コンシェルジュ 2006 夏号)を見たら、
飯田さんの写真入りで記事になっていた。
きょうは急遽Kちゃんに会えることになり、柿田川公園で待ち合わせした。
10年ぶりくらいになるけれど、相変わらず若く気持ちのいい性格も変わりない。
Kちゃんと知り合えたことが誇りである。
2日間、ずーっと車の運転お疲れさま。ありがとう。
2006年6月10日(土)
義父が来宅したので、久しぶりにMたちも集まり、にぎやかに過ごした。
Mは胎動を感じると言っていた。大切にしなさいね。
Sはよく気が利いて、義父に好物のお茶菓子を買ってきて出したり、お茶を入れたりしてくれている。
ありがたいことである。
Sと夜遅くまでおしゃべりして過ごした。Sの気持ちが理解できるような気がする。
こうして気持ちが結び合って、ますますかけがえのない家族になっていくんだよね。
S、よろしくね。
2006年6月3日(土)
千葉県に住むYさん宅へNさん夫婦と出かけた。
Yさんのお義母さんは明るくて前向きであるように見受けられる。なによりも現実をきちんと見つめて受け止める
強さとあの達観した態度に憧れさえ持つ。
Yさんも踏ん張って生きている。うれしい。
2006年6月2日(金)
大和祭りで買ってきたナスもトマトも元気に育っている。
お店で買ってきた方は今ひとつ発育が遅いようで家族も心配しているようなので、
夜の歩きの際に追肥を買ってきた。
何とか大きく育ってほしいものである。
昨日から駐車違反の取り締まりは民間に委託された。
荷物の宅配をする人たちは二人一組になって駐車に配慮しているようだ。
駐車違反を取り締まるのは大切ではあろうけれど、どうも何かが違う気がする。
様々なものが、それと気付かされない内に「体制」の都合のいいように、
ある方向を目指しているように思われて、いたたまれない気分。怖ろしい。
2006年5月28日(日)
S、誕生日おめでとう。
そして結婚記念日おめでとう。
いつもよくやってくれて感謝しているよ。
あなたのお陰でみんなが気持ちよく生活できているんだからね。ありがとう。
シュンスケをも大切にして、とてもいい子育てができているね。
自信を持って、楽しい日々を過ごしてね。
今日は大和市の外掃除の日であったが、雨のためそれぞれが掃除することに
なったのだろうか。
掃除はなくても、20名の人がHさんのお宅に集まって親睦会をした。
久しぶりにご近所さんと楽しく語り合ったり飲んだり食べたりした。
最後はカラオケまで……。
みんなそれぞれの家庭で頑張っていることを改めて知る。
気持ちのいい人たちが大勢いる地域でありがたい。
2006年5月23日(火)
M、誕生日おめでとう。
Sやシュンスケを大事にして、身体に気を付けて一生懸命に働いてね。
2006年5月21日(日)
NPO法人が活動始めることになってから最初の総会であった。
議長を務めたが初めての経験。緊張もせずに終えたので自分の図太さにちょっと驚き。
お昼はyuさんにお誘いを受けて食事に出かけた。んー、カロリーの低いものを選んで食べたが
今日も運動してないからなー、体がだるい。
夕飯を食べてからゆっくりと50分ほど歩いてきた。
こうしてずーっと気にかけながら生活していくのか……。
体重もさっと減らないのでなんだか寂しい。
2006年5月20日(土)
ライオンズさんの主催で大和市の作業所全てがバーベキューに招待された。
毎年ご招待に預かりありがたいことである。
今年は雨の予想もあり、保健福祉センターのホールで行われた。
実際はカンカン照りの風の強い日であったので、室内で正解。
ビンゴではキンギョソウをいただいたので、職場の鉢に早速植えてきた。
帰宅後、再度買ったトマトとナスの苗を植えた。
ついでに前の道路や、側溝を掃除した。
暑い日で、外でロンのシャンプーをしてやろうと思っていたのにすごい夕立。シャンプーできずじまい。
しばらくしたら日が差してきたので虹が出ているに違いないと表に出た。
案の定大きな虹が架かっていた。幸せな気分。
昨日は市作業所連絡会の総会の後、職員交流会に参加。
久しぶりに飲み、楽しい時を過ごした。こんな催しは初めて。情報交換にはいいチャンスだと思う。
昨日、今日と運動もせず食べ過ぎている。きっと血糖値が上がっているに違いない。
2006年5月14日(日)
昨日の土曜日、雨の中、大和祭りは中止をしなかったようである。
今日は小雨がぱらつく程度であったので人出もあり、うどん、焼きそば、フランクフルトは
完売した。ヤレヤレである。
あまり気温が上がらなかったせいか、飲み物が余った。
足場がどろんこで立ち通しの仕事であったが、会場から歩きで帰ってきた。
トマトとナスの苗を買ってきたがどうなることやら、自分のことながら不安である。
何とか育ててシュンスケに味わってもらいたいものである。
携帯電話を新しくした。今までのがいいのになぁ。
2006年5月13日(土)
久しぶりに伊豆長岡に出かけた。
兄や叔父の墓参りをし、叔母の処によってきた。お元気そうに見えて嬉しかった。
八景園で食事をし、お風呂に浸かってのんびりした。
あまり混雑してなかったのでゆっくりできた。
富士山を見ずに帰宅したのは初めてのように思う。
あちらに出かけた時は、必ずと言っていいほど富士を見て帰って来るのに……。
終日雨であったので仕方がないと言えばそうなのだが。
2006年5月8日(月)
昨日は京都の学友からタケノコをいただいた。柔らかくておいしい。
明日はタケノコおこわをSが作ってくれるようである。何でも上手に作ってくれる。
みんな好きなのでありがたい。Kさん、ありがとうございました。
昨日、いただいた糖尿病の本を読み終え、糖尿病専門医にかかることにした。
ネットで調べたら、家の近くの病院に一人だけおられたので早速診ていただいた。
きちんと話をして下さる方で安心した。
いただいた本のお陰である。Sさん、本当にありがとうございました。
2006年5月6日(土)
4日は買った靴の置き場所を求めて三時間。最後まで見つからなかった。
どこにしまったのか全く覚えがない!コワーイ。
夜中の12時20分にバスに乗り込んだら、知人が一つおいた隣にいて声をかけられびっくり。
こんなこともあるんだ。
5日朝6時前に名古屋駅太閤口に到着。
予約したナチュラルホテルエルセラーンを確認したり、東名ハイウエイバスの切符売り場と乗り場時刻表を確認したりした。
その後ファミレスで食事をして読書して過ごす。
10時頃には友人の一人が来てくれて一緒にモーニングコーヒーを飲むことにした。
モーニングサービスが食べ放題なのにはびっくり!
待ち合わせ時間より20分も前にみんなが揃い、あーでもない、こーでもないとおしゃべりしながら
名古屋城へ電車で出かけた。
ボランティアで説明して下さる方がおられたのでお願いした。いろいろなことを教えていただき
自分たちだけで見て回るよりもずっと面白味があった。ありがとうございました。
昼食は名古屋に戻りきしめんとてんむすのセットをいただいた。おいしい。
お店を出たら、なんと太閤連とかいったか、一連だけがちょうど阿波踊りを披露してくれた。
3時をまわったのでホテルに行ってまたお茶しながらおしゃべり。
みんなでずーっとおしゃべりし通しでよく話すことがあるなと思うほど。
Kちゃんから手作りのベストスーツをいただいた。素敵なもので嬉しい。ありがとう。
でも、身体の方が大きすぎてウエストがしまらない……。やせるぞ!!!
5時過ぎ頃に友人のご主人が見え、6時ころから地下街でビールをいただきながら名古屋コーチンの
ピリ辛手羽先など、たくさんの肴をいただいた。酔ったのか転げたりして……、ウーッ。
8時半頃友人と二人だけでホテルに帰り、ずーっとおしゃべりしながら1時近くに眠った。
Mちゃんの頑張りと活躍に改めて拍手をしたい。
KAちゃんは話を聞くのがとても上手で、物腰が優しく誰からも慕われるのがよくわかる。
KIちゃんは博学で何でもよく覚えているうえに、家庭や人間関係などにも気を遣い、何でもきちんと
こなしているようである。
みんな本当に立派だ。自分勝手に気ままに生きているのが恥ずかしい。
きょう6日朝はゆっくりと起き、遅い朝食を取り11時前にチェックアウトした後、ハイウエイバスに切符を
取り、お土産を買ってそのまま彼女と別れてバス乗り場に。
お土産やお弁当を買っていただいた。ありがとう。
バスは2階建てで、一番前の真ん中に席が空いていたのでそこに座る。
緑と山藤とつつじがきれいで、その変わりゆく景色を独り占めしている気分。
ニマニマして眺めていると1時間などアッという間である。
景色の良さにとても本など読んでいられない。
静岡県の辺りなど、真ん前に富士山が何度も大きくて美しい姿を現し、目が離せない。
1時間ほど渋滞で遅れて6時間10分ほどのドライブは快適であった。そこそこ本も読めたし。
帰宅したら友人から糖尿病に関する本やお茶が送られてきていた。早速読み始めたがとてもわかりやすくて
納得のいく本のようである。自分のことは楽観していたがとんでもないことであった。
もう、一生治らない病気であるとのこと。とにかく覚悟して食事療法や運動を欠かすことが出来ないようである。
この本がなければまだのんきに構えていたかも知れない。
危ういところを救っていただいた。ありがとうございます。
2006年5月3日(水)
憲法記念日。
若い人ほど改憲に賛成であるという。
様々な考えがあるだろうけれど、憲法九条は守りたい。
2006年5月1日(月)
真夏日を記録したという。
主人帰るなり風邪気味で具合が悪いという。
すごい熱のようで、乗せた氷が溶けてしまう。夜中にはだいぶ熱も下がったようだ。
シュンスケの断乳は一晩ぐずっただけですみ大成功。
ちょうど時期だったのかSもあまり身体的には苦しまずに済んだようでホッとする。
よく頑張ったね、S、シュンスケ。
シュンスケはよく眠るようになり、夜中に起きなくなったようである。
ちょっと得意げで大人っぽく見える。こちらの気分の問題だとは思うが。
ロンの傷口が開き化膿してきた。
再び縫い合わせることになり、術後なので今夜は1日入院。
2006年4月30日(日)
薫風香ると言った1日であった。
二宮の学習センターへKさんの写真展を見に行ってきた。
気持ちの安らぐような写真でゆっくり見て回った。
好きな写真を下さると言うが、目移りしてどれがほしいのか自分でも分からない。
あれも、これも……、やっぱり真っ青な空に満開のしだれ桜の写真にしようかな。
お隣の家族と一緒にハンナを見送った。
すぐ近くの動物の葬儀屋さんで、いつでもお参りに行けるという。
きょうもMと一緒にみんなで食事をする。
遠慮しながら食べるMがなんだかいじらしい。
姉弟お互いの家族を含めて仲良くやっていくにはそういうことが必要であることを思えば、
大人になったんだなという感慨もある。三十路も過ぎて「大人」もないか。
これが親ばかというものだ。
2006年4月29日(土)
昨日からシュンスケの断乳が始まった。
昨夜は2時間から3時間おきに起きて1時間近く泣いては寝ていたようである。
がんばれ。
連休1日目。お隣の犬、ハンナのお見舞いに一緒させてもらった。
病院から帰宅したら亡くなったという連絡が来たとのこと。なんとも悲しい。
でも、ご家族のみんなに会えたのがせめての慰めと言えようか。
ロンは手術跡から水を流した。先生はこのまま様子を見ましょうと言って下さるが
大丈夫なのかな。
食欲旺盛、元気はいい。
W先生から、タケノコご飯や美味しい新鮮な野菜などを頂いた。
ありがとうございます。
ちょうどMが来たのでみんなで夕食を共にする。
タケノコご飯もトマトも美味しくみんなで頂いた。
2006年4月27日(木)
お隣の犬、ハンナの様態が悪く入院したとのこと。
ここのところ具合が悪く、食事も出来ない状態であったようで、
病院の医師からも出来る限りのことはしますが……ということを言われていたようである。
一緒にいる動物たちとの別れのつらさを経験しているだけに、何とも慰めの言葉は見つからない。
覚悟はしてもやはり別れが近いという悲しみが消えることはないし。
Mちゃんからお祝いの花束がメッセージ入りで届いた。
ありがとう、Mちゃん! 会える日を楽しみにしてるね。いっぱいおしゃべりしよう。
2006年4月26日(水)
病院でまたなんだかんだと検査。
体重も全く変化なし。
sが昨日から早速食事を考えてくれている。ありがたいことである。
「たくさん食べますか」という医師の質問に首を傾げたまま答えられなかった。
本人はそんなに食べているという意識がないから余計にやっかいなのだ。
周りにいる人に聞くとやはりかなり大食いらしい。はぁ〜。
Mが足にできものが出来たとかで手術して取り除いたらしい。
できもののオンパレードだ。
ロンは食欲旺盛で元気にしていてくれてありがたい。
毛を剃ってあるので、コブの大きさが際だって見える。まるでこぶとりじいさんさながら。
ちびはずーっと一人でいるのでストレスが少ないようである。
傷口もだいぶ癒えてきたようだ。
連休に名古屋に行って友人に会う予定にした。宿も予約、楽しみだ。
2006年4月25日(火)
健康診断の2次検診の結果が届いた。
糖尿病であるため、医師のもとで治療が必要という結果が出た。
やっぱりそうなんだとがっかり。
明日病院に行こう。とにかく健康な体を取り戻さなければ。
シュンスケはますます可愛くなってきている。
後ろ向きのまま歩いてきて、ちょうどこちらのひざの辺りにちょこんと腰をかける仕草が
また何とも言えずかわいい。全く何の警戒心も持たずにしている仕草だ。
果物が好きで、いちごがことのほかお気に入りである。
2006年4月24日(月)
ロンのコブは良性であるということでホッとしたが、神経や血管が多くあるところで
取り除く手術は出来なかったという事であった。水が入っていたと見せていただいた。
まるで泥水であった。
大きなコブにメスを入れ、縫い合わせたところが痛々しい。
ロンはいたって元気である。今日は丸一日何も食べられないが、おとなしく寝ているようだ。
病院の先生が、やせすぎなので虫がいるかも知れないといって調べたがいなかった。
もう少し食べさせてくださいといわれそうすることにしたが、いかんせん食べれば食べた分出す
という非常にストレートなお腹をしているので、太るかどうかは定かではない。
2006年4月22日(土)
朝から掃除をしたり、ロンをシャンプーしたりと計画通りこなして、社会福祉士会の支部総会に
出席しようと張り切っていた。
ロンをシャンプーしていたら、彼の肩口に野球ボールより大きめのコブを発見!
こんなに大きくなるまで一度も気付かなかったのかと我ながら驚いた。
自分が情けないやら、ロンに申し訳ないやらでとにかく病院へ電話をしたら
今日病院へ連れてくるようにいわれた。
楽しみにしていた総会を断って、とにかく連れて行った。
月曜日(24日)に手術予定。
良性でありますように。
2006年4月17日(月)
ちびの肩の辺りに穴が開いてしまった。
多分ミーに爪をかけられたかしたのだろう。その部分からばい菌が入り化膿したと思われる。
昨日気付いて、今日病院で注射を打つやら、処置してもらうやら……。
こてつなどに傷口をなめられてしまうので部屋を他の猫たちとは別にしておく。
ヤレヤレ難儀なことである。
M、誕生日。おめでとう。とにかく身体に気を付けて無理をしないようにして
無事に小さな命を誕生させてね。
2006年4月15日(土)
友人3人で高遠城址公園へ。
四六時中、アーでもない、コーでもないとたわいのないことをおしゃべりして過ごした。
桜の花は南側だけ満開で見事であった。可愛いピンクの花である。絵島屋敷を見学。
しかし公園の中は1分咲きといったところ。
8年ほど前に高遠に行った時は、満開を過ぎて花が白く見え、それが花吹雪になって
舞っている状態であった。
高遠の花の見頃は難しいと聞くが、まあ、私たちはいい時季に行っていると言えるのだろう。
久しぶりに心地の良い疲れを感じている。
2006年4月14日(金)
2次健診。肥満が全ての元凶といわれた。ごもっとも。
徒歩通勤のことを話したら、2か月は続けないと結果は出てこないとのこと。
自分が血糖値のことを話題にするようになるとは考えも及ばなかった。
が、この身体である。考えなかったという方が不思議。浅はかというものだ。
長岡市の佛大の先輩から栃尾の「油揚げ」をたくさん頂いた。
さっぱりとしていて、ふっくらとしていて焼いても煮物にしてもおいしい。
ご馳走様でした。ありがとうございました。
2006年4月13日(木)
とうとうこらえきれず、いかれてしまった。
お客様とのやりとりがどうもずれていたようである。
そのつけが、どうにも疲れ切って頭も働かない私のところにまわってきて終わった。
慇懃無礼な態度が出来るほど賢くもないくせに、お客様に合わせて私も慇懃無礼な態度を
したのだと思う。きゅーっと胃が痛んできつかった。
でも、いいことも一つ。昨夜、2時半過ぎまでやっていた仕事をストップすることが出来た。
お陰で今日は早く帰ってくることが出来た。
ゆっくり休める♪ それだけでいい。
社協の次長と市作連の会長に会計監査をしてもらった。
2006年4月11日(火)
2週間近く午前になってからの帰宅が続く。
帰宅に向けて歩くには、車も人も少なくてかえって都合がいいくらいであるが、
家族は心配してくれる。
気持ちのいい仕事とはいえないので疲れが倍増。
どうにかなりそうである。
自分が疲れて心も弱ってくると、気持ちがピリピリとしてとにかく防御しようと
身構えているようだ。ちょっとした言葉にも過剰に反応し、何とか自分を守って
立て直しを図ろうとしている。
勝手に自分を追いつめているだけなので実際には追いつめられてはいないのだが、
今の気分は、「窮鼠猫を噛む」にも似ている気がする……。情けない……。
2006年4月9日(日)
二宮のKさん宅へ今年も出かけてきた。相変わらずご馳走になった。
今年も心洗われるような気持ちにさせられて帰宅した。
「心遣い」の在り方研修のようにさえ思われる。
お会いしている時はそう思うのだが、忙しさに追われ疲れてくると自暴自棄になる。
帰宅後、職場で4、5時間仕事を片づけた。
2006年4月3日(月)
今日から職場までの往復を歩くことにした。
どれだけの効果があるかはともかく、何か始めなければならない。
2006年4月2日(日)
今年は見納めになるかたくりの花を、Nさん夫婦と一緒に見に行った。
今年は3度見たことになる。
今年は黄花かたくりを見ることができなかった。
かたくりの絵の付いた箸置きと小さなお皿を買っていただいた。
素敵なめがね立てをいただいた。
相変わらず気の利いたプレゼント上手な人たちである。
ありがとうございました。
2006年4月1日(土)
友人を誘ってまたかたくりの里に出かけた。
1週間前と同じくらいに楽しめた。
梅が咲いていたり、桜が咲いていたり、桃が咲いていたり。
城山湖は美しかった。
夕方から仕事に出かけた。
2006年3月31日(金)
国家試験合格発表。主人、桜散る。主人は笑顔で「よかったね、おめでとう。」といってくれたが
合格の喜びは半分以下。来年こそ何とか合格してもらいたい。
心配している人たちに合格の報告をできるのはありがたいことであるが。
精神保健福祉士もこれからまた研修などで勉強していかなければならない。
精進あるのみ。
健康診断の結果が届いた。
肥満症で血糖値が高く糖尿病の数値!再検査の予定通知が入っていた……。
2006年3月26日(日)
かたくりの里へかたくりを見に行ってきた。
今年も8弁のかたくりを見つけた。
北国の春のように様々な花が一斉に咲き出している。
2006年3月25日(土)
社会福祉士会神奈川支部総会。初めて出席。
朝7時過ぎから出かけて夕方6時過ぎに帰宅。
講演も聞いたりしたが、出かけてよかった。
2006年3月19日(日)
ウィリング横浜で社会福祉士の研修。
昨日の予告通り講師が代わった。
昨日の研修の感想などを自己紹介と共に行った。
その時、講師に対する思いが同じ人がいた。
他の人は一人としてそのような発言をした人はいなかった。
他人への思いやりや気遣いが先に立って、批判めいた発言は
しない習わしになっているのかも知れない。
しかし、第三者的な視点を持つことを忘れてはならないだろう。
支援者として人権擁護が必須であるがその視点こそ肝要だ。
2006年3月18日(土)
ウィリング横浜で社会福祉士の研修。
心に引っかかっていることが二つ。
そのひとつ。講師がまたもや20分以上も遅刻してきたこと。
講師としての資質を疑う。他人の時間をなんと心得ているのだろう。
お金を払い時間を都合して受けている研修である。
おまけに研修内容がイマイチで主旨が分からないままであった。
その上、2日連続講師の予定が、急遽講師変更。
そのひとつ。「国家試験は大丈夫でしたか」と知人に声をかけたら
いきなり「なんて失礼な人なの!社会福祉士とも思えないわ」と言われた。
聞き方が悪かったことは申し訳なかった。「事故もなく受験できましたか」と
聞きたかったのだがことばが詰まってしまったのだ。
詫びたが、とにかく試験のことを話題にしたことが許せないと言うことであった。
結果に対してビリビリしているのはよくわかるが、社会福祉士を持ち出すことはなかろう。
2006年3月17日(金)
義父来宅。お酒も弱くなり、足も弱くなってきたとはいえ、一人で生活し、
一人で電車に揺られて駅の階段を乗り換えの度に上り下りして来てくれる。
本当にありがたいことである。
一人で食事をするのは寂しいけれど、自由に自分のやりたい放題出来るしあわせが
あるから元気でいられるのだといつも言ってくれる。
感謝である。
2006年3月11日(土)
今朝も8時にホテルを出発。明礬温泉へと向かう。
明礬温泉の佇まいを見て思い出した。ここがサスペンスドラマに出てくる場所だということを。
ここまでU夫妻が迎えに来てくれ、湯布院へ向かった。湯布院の金鱗湖ではツアーの人たちと
一緒になった。
湯布院の駅前は軽井沢のような感じで、金鱗湖までの道にあるお店は鎌倉のような感じであった。
女性を魅了する町並みなのである。ゆっくりとまわりたいところである。
時間がないので、さーっとまわってお茶して、食事はおそばを頂いた。急いで別府に戻り温泉地獄を
最低一つはみたいという私の希望を汲んで一番近い「海地獄」へ。美しいコバルトブルーの源泉であった。
いつか地獄巡りもしたいものだ。
Uさんご夫妻にすっかりお世話になってしまったが、お陰様で本当に楽しい旅であった。
ありがとうございました。
昼過ぎにお土産にお箸や栗をいただいて福岡空港から機上の人となり、気流の乱れで羽田午後8時半着の予定が
9時15分過ぎくらいになってしまった。こんなこともあるんだと改めて思ったことである。
2006年3月10日(金)
朝8時にホテルを出発。日本最古のアーチの石橋である通称眼鏡橋へ向かい見学した後、鼈甲細工の老舗
江崎べっ甲店でイヤリングをMとSと自分用に3個買い求めた。あわただしい。
長崎市の平和公園へむかう。平和公園で記念写真を取る。
平和祈念像は人種を特定せず、天を指さす右手は原爆の脅威を表し、水平に伸ばした左手は平和を示し、
閉じた目は犠牲者の冥福を祈っているということであった。また、左肩から左足に掛かる布は水を求めて
亡くなった犠牲者が多かったことから水を表し、像の足下も水で満たされている。大地を力強く踏みしめている
左足は復興の誓いを表しているとのことであった。「平和の泉」の噴水の形は平和の鳩の羽ばたきを表している
とのことであった。公園内には各国から様々な平和の像が寄贈されていた。
原爆で吹き飛んだ刑務所跡だというコンクリートのかたまりが何とも不気味な感じで残っており、「忘れまじ原爆を」
と叫んでいるように思われた。
原爆資料館やグラバー邸やオランダ坂など見たいところがたくさんあったが永井隆先生の如己堂と浦上天主堂を
バスの中から見た。長崎市を歩きたかったがそれはツアーの予定になく断念。
さーっと歩いただけの公園を後にしてバスは福岡県柳川へ。
柳川では御花でウナギの蒸籠蒸しを食べ、川下りをせずに北原白秋のふるさとであるということで生家を見学したりした。
柳川はひなまつりの最中で、そこここに「下げもん」のあるおひな様が飾られていて美しく見応えがあった。
外堀に船を浮かべ、その船にひな壇を乗せたものがあり、川の町柳川と思わずシャッターを切った。
ここも駆け足見学で、一路別府へとバスはひた走った。
別府温泉の宿に入る前に「海地獄」見学の予定であったが、「海地獄」の駐車場で
見学をキャンセルして迎えに来てくれた友人の車に乗り換え、お宅におじゃました。
Rちゃんの趣味できれいに飾られていて気持ちのいいお宅であった。
おいしいお茶をいただき、すぐに佐賀関に向かった。車が走ること1時間ほどで目指すお店の近くに着いた。
が、道を間違えて極狭の行き止まりの道へと迷い込み、腕のいい友人の運転で何とか抜け出すことが出来た。
その名も「お食事処 おおた」。国登録有形文化財 太田缶詰工場で昼と夜それぞれ2組のみ、完全予約制で
ある。そのお店が運良く予約でき、貸し切り状態であった。
明治末に建てられたという有形文化財を守るために使うことを選択したと話しておられた社長は学者のような雰囲気の方で
社長自らコーヒーを煎れてくださった。料理は全て奥様が作って下るとのことであったが、自家製のキンカンやさりげない
盛り付けは美味しい上に美しく、器もそれぞれ手にとって眺め、写真のシャッターをきらずにはいられない。
蝋燭の明かりの下で静かに流れる音楽も心地よく、飾られた花々はしっとりとした部屋になじみ、飾られている置物も
眺めずにはいられない。
関鯖、関鰺、漁師もうなるという鰤、角のない大きなサザエ、紅貝、お店からのサービスで取れたての烏賊、
などなど新鮮でどれもこれも美味しく、この世ではないような時空間を友人からプレゼントされた。
別府温泉の宿に送ってもらった時の温泉街のネオンのきれいだったことを忘れはしない。
ありがとう!Uさんご夫妻。
2006年3月9日(木)
9時20分羽田発、JALの飛行機で福岡空港へ。
空港からバスで佐世保のハウステンボスに向かった。
はじめての九州への旅は格安ツアーである。
ハウステンボスでは2人乗りの自転車を3千円で借りて、キコキコと不安定な走りをしながらまわった。
園内はチューリップが咲き競っており、まさに17世紀のオランダ(?)。
こぶしの花や水仙などの咲く園内のあちこちで写真を取り、食事はもちろん「ちゃんぽん」と「皿うどん」。
焼酎をお土産に選んで宅配便で自宅に配送手配をしてもらう。
しゅんすけやSへの土産を選んだりしたが、気に入ったものが見つからないまま雨になりホテルへ。
花火に気付くのが遅く、ホテルの窓から覗いた時にはすでに終えていて残念であったが夜景の美しさは見ることができた。
日航ホテルでゆっくりと休む。九州に来たんだよねー。
2006年3月7日(火)
チビはやっと食欲が出始め病院から解放された。
他の猫たちとは別にさせておいたがそろそろ今までの状態に戻してやろう。
自己主張をしないチビは、置物のようである。
2006年3月5日(日)
昨日今日と暖かに晴れて気持ちがいい。
シュンスケと2日間散歩を楽しんだ。
白梅は2−3分咲き。緋色の梅は満開である。
河津桜がつぼみをふくらませて咲く日を待っている。
芝桜が咲き始めているのがいじらしい。
チビが風邪を引き、1週間前から毎日病院通い。
病院代が1日5千円から9千円。思いがけなく痛い出費である。
食欲ないのはいいとしても、水分を取らないのが体によくないと
医師から聞かされている。あまり食べないし水も飲まない様子。
早く元気になってよ、チビ。
2006年3月3日(金)
ひな祭り。今朝になってひな人形を飾った。
しまうのが遅いから結婚が遅くなっていると言っていた娘のことばを
思い出しながら。
Kさんの誕生日。同じ年代になったと聞きびっくり。
様々な経験を重ねながら、いよいよ素敵になっていることを感じ、
うれしい。ずっと幸せでいてほしい。
Kさん、お誕生日おめでとう。
2006年2月22日(火)
昨日届いたKさんからの誕生日プレゼントを今日受け取った。
可愛いバッグが入っていた。ドライフラワーの花束、バッグに付けられた
水色の毛糸で編んだ花の飾り。バッグに合わせたネックレス。
おからのかりんとう。楽しいプレゼントでワクワクするものであった。
Kさんの優しい人柄がしのばれる。
毎年心遣いをしていただく幸せな私。
ありがとうございます!
2006年2月20日(日)
誕生日。Nさんからのチョコレートが唯一の誕生日プレゼントだと
思っていたら、夜になって娘から懐妊との嬉しいニュース。
いい誕生日プレゼントになった。
おめでとう!M。
2006年2月18日(土)
昨日の17日から藤野町で県央障作連の1泊研修会に参加。
Eさんの車に同乗して藤野町まででかけた。
市村弁護士による「知的障害者が犯罪に巻き込まれた場合」の講演を聴く。
今日は朝からパネリストによる「これからの作業所」
帰りはよその作業所の方の車に同乗させていただいて帰宅した。
車中はにぎやかにおしゃべりを楽しんだ。
2006年2月16日(木)
お友だちのご主人の訃報あり。
びっくりしてしまった。聞けば仕事で外国に行っていて、体調を崩したために帰国し
そのまま入院したとのこと。帰国した時はすでに非常によくない状態であったということであった。
無理したのかな……とお友だちがつぶやいた。
正月には元気で出国されたとのことで、信じられない思いのようである。さもありなん。
みんな、身体を大切にしてほしい。自分も気を付けよう。
2006年2月11日(土)
頭痛は様子を見ている内に治ってきたようである。
ホッとする。
補聴器を1日2時間か3時間だけ試用している。
耳には具合がいいが、耳元に手やものが近づくとピーと音がするのには閉口する。
補聴器をはずしてもあまり違和感はなく、聞こえが少しずつよくなってきている気がするのが不思議。
気のせいかも知れないが。
暖かな今日は、お隣さんに誘われてアウディのオープンカーで江ノ島から小田原まで
海沿いをドライブした。風を切って海辺を走るなんて初めての経験。
気のおけないお隣さんとの会話も弾み、楽しく過ごした。
車に乗っている感じではなく、開放感というか……自然とどうかした感じがなんともいい気分である。
オープンカーの魅力を堪能したといえるだろう。お食事までご馳走になってしまった。
ありがとうございました!
2006年2月6日(月)
3日あたりから夕方になるとひどい頭痛がする。
後頭部がグアングアンといった感じに痛む。なんだか気になるがもう少し様子を見てみよう。
昨日は、11時頃に起きて夕方は6時頃に寝てしまった。寝ると頭痛はらくになる。
仕事をしたくないだけのようでもあるが、逆に考えれば仕事をする気になれなくなるほど
疲れているか、調子がよくないのだとも言える。
いよいよ補聴器が必要かなと考えて、また別の店に行ってみた。
補聴器を必要とするかしないかの境目で、軽度の難聴ということであった。
片耳195,000円、両耳で390,000円。特殊な電池は3日と持たないようである。
はあ〜。試聴用に借りてきたけどどうしようかなぁ……。
耳の近くに手を持っていくとぴーぴーとうるさい。
安くていいのってないのかな……。
また夕方から雪が降ってきた。今年3度目の雪が積もっている。
2006年2月4日(土)
シュンスケと公園で遊ぶ。
子どもがいるとそちらに歩いて行くのが何とも可愛い。
帰宅して食事をしたらすぐに寝たようである。
彼は体育会系のようで、思い切り体を動かしてエネルギーを発散させた方が
成長する気がするがどうだろう。
夕方から雪になる。バイクが故障したため雪の中を迎えに行ってきた。
わずかに雪が積もった。
2006年2月2日(木)
ポップサーカスに招待されて行ってきた。
昨年招待された木下大サーカスよりこぢんまりした感じであったが、いろいろと
楽しめて見応えを感じた。
H君は身長も伸び、お話もきちんと出来るほど大きくなって嬉しいことである。
今年もサーカスを楽しめただろうか。
2006年1月29日(日)
きょうは社会福祉士の試験日。
朝早くからSがカツ(トンカツ、チキンカツ、メンチカツ)を揚げて、主人の弁当を作ってくれた。
2年前、彼女の弁当を持っていって試験に合格したので、縁起を担いで今度もまた主人に作ってもらった。
ありがたい。
昨日28日(土)は精神保健福祉士の試験日。
同じようにトンカツ弁当を作ってもらって出かけた。
とにかく、勉強が付け焼き刃なので合格しているかどうかは全く分からない……。
試験が終えたことで気持ちが本当にすっきりしている。
長いこと、家族にはストレスを感じさせたことである。
さあ、今年は遊ぶぞー!
2006年1月22日(日)
一昨日の夕方から降りはじめた雪が昨日の夕方まで降り続いた。雪は10cm近く積もった。
疲れて寝てしまったが、主人は仕事でご苦労なことであった。
きょうは、家の前の雪かきをした。といっても箒とスコップで片づけただけだが。
田舎では大雪に大変な思いをしているにちがいない。
雪国の宿命とはいえ……切ない。
2006年1月15日(日)
靴を履いたシュンスケは1時間半ほどの時間を散歩に費やした。
歩いたり、ロンをなでたり、公園で遊ぶ子どもたちにバイバイしたり……。
滑り台に乗せたら喜んで、一人で降りてこられるくらいに慣れて遊んだ。
洗濯してあった自分の靴下を持ってきて一人で履こうとしているのには笑えた。
もう、靴下であることを理解しているのだ。
室内の滑り台を娘たちからプレゼントしてもらい、それでも遊んで喜んでいる。
自分で遊べた時は、自分で拍手して笑っている。成長目覚ましい!
んー、そんなこんなで勉強に身が入らない。でも、昨日、きょうはそれでいい。
2006年1月14日(土)
シュンスケの一歳の誕生日。おめでとう!
Sが一升餅やケーキ、お祝いのご馳走を用意し、娘夫婦を呼んでお祝いをした。
元気になったシュンスケは終始ご機嫌であった。
いやがるシュンスケはそれでも一升餅を背負って2、3歩歩いてみんなから拍手をもらう。
シュンスケ、Sをはじめてとして家族みんな、こんな和やかな時間をありがとう。
2006年1月11日(水)
シュンスケは突発発疹であったようだ。ちいさなプチプチができている。
ヤレヤレ、原因がわかったことでみんな安心した。とにかく元気になってよかった。
泣き癖というか甘え癖がついたように見受けられ、それがまた成長の証で愛らしい。
1歳の誕生日が近い。楽しみなことである。
こうしてお祝いを楽しめることに感謝。
ありがとうございます。
2006年1月10日(火)
仕事始め。みんな元気に仕事始めをすることが出来ホッとする。
まずはめでたい。
2006年1月9日(月)
成人の日。
シュンスケが熱が下がらず調子が悪そうである。インフルエンザではないということで一安心。
とうとう今日で長かった年末年始のお休みが終わってしまった。
田舎に雪見舞いの電話をかけた。母の元気そうな声を聞き嬉しさがこみ上げてきた。
いくつになっても親はありがたいものである。
親戚筋に当たる方が雪下ろしをしていて亡くなられ、きょうが通夜と聞き驚いた。
なんと心の痛むことか。ご冥福をお祈りします。
2006年1月8日(日)
正月休みがアッという間に過ぎて明日1日を残すのみとなってしまった。
いっぱい勉強しようと思っていたのに……。
休み中にも仕事をしたスタッフがいて、アクシデントがあり職員が集まって
仕事をした時、「身体も脳みそもなまっちゃうのでもうおやすみはいらない。」
といっていたEさん。若いんだなー。うらやましい。
私など、後2か月はほしい感じ。でも、私の場合はどれだけ休んでもきっと毎日怠けて
最後はまだ休み足りないなどと言っているに違いない。情けない。
それでも疲れがだいぶとれてきた感じで顔色もよくなってきている。
家事などをこなすのは苦にならなくなってきてもいる。
シュンスケが昨夜から熱が出始めていたが、きょうは昼間は37度代に下がりそれなりに機嫌良く遊んでいたが、
夕方6時頃から気分が良くない様子で、あやすと笑うがそのうちにぐずぐずしだす。
9時頃に熱が39度6分になり救急診療所へ。
混雑していたとかで10時半頃に帰宅した。
とりあえずという感じで解熱の座薬と吐き気止めを処方してもらった様子。
吐いた様子から痰が絡まっている感じがする。
なんとか元気になるように祈るのみ。
2006年1月5日(木)
観測史上初めての大雪の箇所が富山市など29箇所と新聞出でていた。
長野県飯山市と石川県で雪の重みで壊れてしまった家がある。
新潟県の友人からは地震は続き雪は降り続くと賀状がきた。
自然の力にたじろぐばかりだ。
2006年1月3日(火)
この冬一番の冷えであった。
物干し竿についた昨夜の雨の滴が凍ってつららになっていた。
辺り一面真っ白な霜。
きょうも朝8時から箱根大学駅伝に見入っていた。
往路優勝 順天堂大学 復路優勝 法政大学 総合優勝 亜細亜大学
復路も往路に劣らずすごいドラマが展開された。
復路も順天堂大学がいけると思ったが8区で難波君が脱水症状を起こし、フラフラ状態で
それでも頑張って4位でたすきを渡した。精神力の強さに息をのんだ。
順調に走り抜けた駒大が優勝かと思っていたが、9区で亜細亜大の山下君がトップに躍り出て
10区もそのままでゴール。優勝!
晴れたらいいと思っていたら確かに晴れたが、今度は日差しが強すぎてきつかった選手も出た。
関係した学生たちは様々なことを考え、試練を乗り越えられるだけの強さを
学んでいるに違いない。
勉強しないでいるうちにもう半分以上のお休みが過ぎてしまった。
けれども、身体はだんだん力をためてきている感じがする。
少し心身を休めて、ラストスパートをかけるだけの力をためようか。
余裕はないが身体が休みたがっている……。
2006年1月2日(月)
箱根大学駅伝を見た。
順天堂大学の今井正人君の山登りはすごかった。山梨学院大の2区を走ったモグス君も。
箱根大学駅伝いつもさまざまなドラマがあるから好き。
横浜当たりから雨が降り出し、箱根は雪であった。
明日の下りが思いやられる。天気予報が外れて晴れたらいいのにな。
ケーブルテレビで「アルプスの少女 ハイジ」をやっていたので見る。
しょっちゅうやっているのでよく見るが、その度に泣ける。
あのけなげさ、純粋さ。いじらしくって嗚咽する。
ただじっとして待つのではなく、いつも工夫し自分なりにとにかく実行する行動力、
他人への思いやりの深さ。学びたい。
差別意識のなさも好き。障害を持った人が2人登場する。
Eさんから地鳥が届いた。お年玉をいただくとはありがたいことである。
さて、どんな料理にしようかな。
Eさん、ありがとう!
2006年1月1日(日)
明けましておめでとう。
12時に例年通り御神酒で新しい年を祝う。3時前に近くの神社へ初詣。
破魔矢を買い、檜の香りのするよく冷えておいしい御神酒をいただき、
「今年もお陰様でいつものように美味しい御神酒をいただけたね」と話しながら
「いつも通り」であることのありがたさを思う。
今年は二人で別々の国家試験を受ける。なんとしても二人とも合格したい。
子どもたちや家族の幸せを願いながら、自分の幸せもまた願う。
今年は何かと変動があり、自分の力量を問われる年になりそうな予感がする。
自分らしく、精進を怠りなく、気持ちのいい年にしたい。